第四話 憶測の迷路
驚いた。まさかリオネル大公殿下がそれを口にするとは思わなかった。いや、今までよく堪えたといっていい。六年、その疑いに口を閉ざしてきた。私やサイゼル殿下は内々に話をしていたが、侍従や騎士という、国民である彼らにも聞かせるとは。
だがもう、そうは言ってはいられない。
あの白い虫は、退治したあれだけで全てか。それとも行く先々、この後向かう白くなった村でもまたあの規模の大群が現れるのか、だとしたらどこに潜伏しているのか、考え出したらキリがない。
そこでサイゼル殿下が大学都市に向かわれるのだ。
もう真っ向を切っての勝負、というしかない。我らスーレン一族に命令を出したことといい、兄上である国王陛下への配慮も、もういいだろうと見切りをつけたのだろうか。
「ここから大学都市へ向かうには王都を抜けるのが早い。だが王都の大学には寄らず、そのまま大学都市へ入った方がいい。君は目立つ、君が何を調べているか、どこで誰が聞いているかわからない」
「では王都を避けるか?」
「それでは時間がかかる。それに人が多い所の方が紛れて見つかりづらい。なんにせよ、最短で最速が最良だ」
リオネル殿下がお茶を飲み、カップを置いた。すぐさまサイヤが二杯目を用意する。
「ナシラが言うには、ある学者連中の結社があるらしい。表向きは魔法ギルドに登録された魔法武具、魔法陣を売る店だが……特許の下りていない、非正規の品を取り扱っている」
「まさか……」
ジャンの朗らかな顔も、強張る。他の騎士や侍従も一様に息をのみ、固唾をのむ。それはそうだ。今ここで話されているのがどういうことか、少し考えればわかることだからだ。
マコト様とピッケはまだよくわかってないらしい。後で私が説明しておこう。
「マコトの記憶の魔法陣はそこから出たか」
サイゼル殿下が的確に、その真意を突いた。マコト様はただ、口を開けるだけだ。声にならないらしい。
「多分な」
「店の名前は」
「ゴフラン商会。トマが配下の者を使って調べてくれている。学者を集めて、非正規の品を扱うくらいだ。貴族や大商人くらい後ろにいると思ってまず間違いないだろう」
「トマ様、我が家の者にも聞いてみたいのですがよろしいでしょうか」
話に割って入ったのはマハーシャラだ。彼の家は、ジアンイットでも指折りの大きな商家であり、その伝手も広いだろう。
ちらりとリオネル殿下を見る。殿下は何も言わず、目線もよこさずお茶を飲んでいる。
「…わかった。スーレンの者を何名か遣わせるから、間に入ってくれ」
マハーシャラが頷いた。あまり一般市民に迷惑をかけたくないが、情報はほしい。この辺りが妥協点だろう。
「そしてポルドスが行くと言って出かけた町には……ゴフラン商会があった」
次から次へと、リオネル殿下が手の内を見せていく。
大事なカードを皆に晒すというのは、確信があるからだろう。自分に付いてきた者たちへの信頼。そして情報への信頼。いや、情報は確信ではなく希望か。
苦節六年。白い村で、転移者がいて、ようやく掴んだ話だ。
無論、大公領の領民が騙し討ちにあったこと。それもこちらを嵌めるような偽装工作までしてあったことが情報の足場を固めている。
「サイゼル、よくよく注意してくれ」
リオネル殿下の言葉に、サイゼル殿下は頷いて返した。
「サイゼル一人で、危なくないのか?」
マコト様が言うと、サイゼル殿下が笑った。
「おれを誰だと思ってる」
そういったサイゼル殿下を、リオネル殿下が制止した。
「君だって人質を取られたら、拘束されかねないよ」
「人質? おれにとってそんな価値のあるやつがいるか?」
「白い子は」
サイゼル殿下が言葉に詰まった。
「別に本物じゃなくても、そう見える子どもがいたらどうかな。君が僕の客人であることは広く知られていることだ……君を嵌めようと思えばそうするさ」
一瞬の隙を作ればいいのなら、それは有効だろう。
かくも悪辣な手段を、敵は取るだろうか。いや、必ずそうする。
それよりもサイゼル殿下は、その発想がリオネル殿下から出てきたことに驚いているのではないか。
私は私の主人を見つめた。その瞳は静かで、表情も至って変わらない。
「トマ、何人か付けてやれ」
その命令に、一礼をもって応えた。
相手が卑劣なこと、人を人と思っていないことを計算して動かなければならない。
リオネル殿下の頭の中で、最悪の想定とは何だろうか。脳内でどのように敵と闘っているのか、私にはその全てを知ることは叶わない。




