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第五話 侍従のジャン

第五話 侍従のジャン





「お前は『大』のつく馬鹿だな」


 なんでかなあ、おれが泊めてもらってる部屋にきて、勝手にくつろいでけなされる。鼻で笑うのが上手ですね。

 この超自由な白髪の男は、王子様というやつだ。サイゼル殿下、と呼ばれている。ゆったりと前が開いた、袖のない着物のような衣服を着ていて、これでもかとその肉体美を見せつけている。彼を見て、自分の二の腕の肉をつまんでしまった。ぷに、という擬音は好ましくない。



「そらもう一度、瞳を閉じて、背骨から駆け上がってくる光の流れを意識して、額が涼しくなるだろ。それが魔力だ。ほら感じた」

「んなわけ!ないだろどう考えても!」

「疑いがあれば芽も伸びまい」



 やれやれ、と呆れられる始末。さっきからこの繰り返しだ。空いた時間に気晴らしに魔法について教えてくださるというので聞いてみたら、ずっとこれ。本当に教え方合ってるのか? げんなりして振り返ると、ジャンと目が合った。王子様がいるので、気を遣ってお茶を取り換えてきてくれたらしい。

 ジャンは、明るい藁みたいな髪を短く整えていて、背が高く身体も分厚い、アメフト選手みたいだけど人当たりが良くて、威圧感がない。大柄でもゴールデンレトリバーのような人懐こい雰囲気が人を安心させる。

彼は少し考えると、ポケットから何かを取り出した。


「見た方が早いと思いまして」

「これ、なに?」


 ジャンの大きな、ぶあつい手のひらの上にはこげ茶色の石ころがのっている。


「炭々岩です」

「たんたんがん?」


 石を覗き込むが特に変化はない。


「ここに魔力を流すと」


茶褐色の石がわずかに赤銅色に輝いて、ボっと火が付いた。ジャンはそれを空の皿に放り込む。


「こうして火を起こします。魔石の一種です」

「…すごい」

「この国の騎士や旅人は、必ず一人一つは携帯しています。このまま薪にいれたらそれだけで火力があがるので、野営の必需品なんですよ」


うんうん、とサイゼル殿下は頷いている。


「我々の歴史は、魔石文明といえるな。炭々岩は半永久的に使えるし、純度の高い魔力を上手にそそげばそれだけ魔力も節約になる。我々の生活に欠かせない」



話を聞くと、国によって魔石の鉱脈、その産地があり、輸出入の品目の定番らしい。このジアンイットは炭々(たんたんがん)の産出国として有名で、庶民でも買えるという。

皿の上で小さく燃えている炭々(たんたんがん)をもう一度見てみると、煙もほとんど出ていない。煙の少ない線香みたいだが、皿の上に手を翳すととても熱かった。

これが燃料として国中に十分にいきわたっているならすごい話だ。おれの元いた国じゃ、石炭石油天然ガス、それらを確保するだけでも巨大なビジネスになる。その上燃やせば空気を汚すから、環境汚染もたびたびニュースになる。この世界の未来をどうするんだって、そういう議論だ。

それが、この石ならどうだろう。すべてひっくり返りそうだ。


サイゼルの国では、つらら石、という魔石がよく採るらしい。つらら石は冷気を発する魔石で、食べ物を保存する氷室として台所で使用したり、長い時間移動する商人たちが、食べ物を長持ちさせるためにこぞって愛用するという。ということは、つまりそれって冷蔵庫みたいなものか。

こちらにきて、明治大正の白黒写真にあるようなリオネルやジャンの服装から、自分の知っているお伽話のような世界だと思っていた。常識では信じられない、お伽噺みたいな出来事だらけだからだ。でも白雪姫やシンデレラは、こんな暮らしをしていただろうか。おれは浦島太郎とか桃太郎とか、摩訶不思議なことがあっても、生活は古いんだろうと決めつけていた。おれは決めつけてたんだ、と気付いて、少しばかり気恥ずかしい。不思議な世界をどこかで下に見ていたのかもしれない。

世界がいくつあるのかは知らないが、上も下もないのにおかしな考えだよな。


次にジャンは、(こう)長石(ちょうせき)というものを見せてくれた。


「ガラスみたいだ」


灰色がかった半透明で、平べったくて暗い水晶のようだ。


「マコト様、これを握ってみてください」


ジャンに促されるまま、握って大きく息をはいて、吸う。何も起こらない。

落胆した次の瞬間だった。手の中が光りはじめた。

 手のひらからこぼれるように七色の光があふれる。


「…すごい」

「すごいです!ええほんとに!」

「これは、何に使うんだ?」

「光長石は何にでも使えますが、太陽光によってエネルギーを取り込める魔石なんです。それがこんなに感応するなんて、初めて見ました」

「太陽光……」


この世界の二つの太陽を思い出した。美しい青空に、あの二つの太陽だけが馴染めなかった。


「そうだ。光長石は太陽光を貯め込み、魔力によって刺激するとエネルギーを発する。だからどんな魔力の持ち主でも使えるし、色んなものに応用が利く。エネルギーの袋みたいなものだ。そのかわり、使ったら毎回太陽光にあてて、エネルギーを貯蓄する」

「…ソーラーパネルか!」


 驚いた。この世界にはソーラーパネルがあるのか!しかも天然で、実用に至っている。


「そらーぱねる?」

「ああ、おれのいた世界でも、似たものが開発されていた」

「そうでしたか。光長石は夜の街灯、室内灯、なんでも使えます。魔法陣で家具や道具に組み込めばそれこそ自在なんです。ただ太陽に当てるのが手間なので、王侯貴族などお屋敷が大きいと、光長石を管理する専門の使用人がいるくらいなんですよ」

「詳しいな」

「地元が光長石の鉱山の街で、加工する職人も多いので」


 はにかんで、サイゼル殿下に照れ笑いをするジャン。親切でとても好感が持てた。

魔法は確かにあった。その上、おれがこの石を光らせた。まだ半分信じられないが、七色の光が手の中で光っている。この光を見つめていると、なんだか嬉しいような気分だ。おれはここにいていい、そんな感じがした。



「覚悟は決まったか?」


ふいに、サイゼルが飲んでいたティーカップを置いておれに言った。その黄色い目はぎらりとおれを捉えている。


「覚悟?」


 聞き返すと鼻で笑った。その態度が気になったので言い返そうとしたとき、扉が叩かれた。

ジャンが急いで対応しに行くが、なにやら揉めている様子だ。もう一度サイゼルを振り返る。奴はおれから目を逸らさず、こちらをじっと見ていた。







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