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第一話 旅の空と体温




ぽこんぽこん、と楽器がだだっ広い空に響く。


マコトは馬車の二階に上がって、金属楽器をぽこんぽこんと叩いていた。銅鑼のような形で、お坊さんの使う木魚のような棒で演奏するのだ。音が少し長く、びよびよと響くのが特徴だ。もう一つは音階がある、長さの違う小ぶりの金属板。形は鉄琴に近いが、金属が薄いのでもっと柔らかな音が出る。これは叩くとこーんこーん、となんとも不思議な音がする。硬質で繊細、でも角がなくて丸い音だ、南方の楽器だとサイゼルが教えてくれた。

 どことなく、仏教や寺院を連想する。


 ぽこんぽこん。

音の響きは草木の少ない、けれど青空高い景色によく合っている。首の長い羊が時々こちらを見ていたかもしれない。

 馬車の二階は幌が張ってあり、太陽二つ分の直射日光を避けられる。程よく外の空気にあたり、心地よい日陰でお茶を飲みながら異国情緒溢れる景色を堪能している。その状況は、優雅であるし、マコトにとってもこの世界に順応してきた証左だが、先程から出てくるのは吐息ばかりだった。


 それは端から見れば、楽器のそばに佇む、憂いを帯びた美人がなんとも言えず溜息を漏らす、絵画のような一瞬だった。

黒髪は艶々とわずかに靡き、黒い瞳と額縁のような睫毛に色香が宿る。そこだけ世界を切り取っても良い、誰もが悦として見入るだろう。

ところが本人は、そこまで自分の容姿に関心を向けない。周りから言われてきて、顔の造作が整っているのは理解していても、こだわりや興味といったものの持ち合わせが少ないのだ。


マコトは景色を眺めて気分転換のつもりだったが、頭の中では別の事を占めている。

最近の、リオネルとサイゼルに困っているのである。


 村から移動して三日、昼はサイゼルと、夜はリオネルと寝ている。語弊を招きそうな言い方だが他に言いようがない。




 マコトはある時気付いたらこの世界のこの国に来ていた。そして転移者と呼ばれた。これは国が「白い病」に侵されたとき、魔法で日本から人を呼び寄せるという習慣らしい。

 そんな勝手なことをされた上に、マコトはその魔法が使われた時、誰かの悪意によって記憶を奪われてしまった。その誰かの悪意やら、「白い病」やらと、マコトは向き合わざるを得なかった。

 


 そうしてマコトたちは「白い病」で真っ白に染まった村へ行き、なんとかその原因である虫を撃退した。単なる害虫駆除ではない。それは異形の大群、蝗害であったのだが、トマの機転で嗅ぎ煙草を使い、辛くも窮地を脱し得たといえるものだった。

 マコトは闘う事ができない。だから祭囃子の演奏で、その場を後押しする以外思いつかなかった。何をどうすれば「転移者」が白い病を退治したことになるのか、考えても見当がつかなかったのだ。

その上彼自身、魔力がどうのこうの言われても実感できないので、良いなら良いで「ああそうなのか、なら良かった」と言われるままを信じるしかない。それでも魔法が使えないからといって、何もできないよりはマシだと思っている。


 下手をしたらただの冷やかしなのだが、その点についてマコトはどこか自信があった。

いつか新聞かテレビで見たのだろう。オリンピック選手は、平常のパフォーマンスがどんな時でもできるよう、試合前にルーティンとして音楽を聴いている。格闘技の入場パフォーマンスも、選手たち一人一人にこだわっている。

 戦争を鼓舞する行進曲があるように、音楽と人との関わりは多彩で、しかも力強いと思う。




 そこまでは良かった。

それからが問題なのだ。


ここのところ、リオネルとサイゼルが、魔力の回復といってマコトを求めてくるのだ。

それはつまり、肌の接触である。


 以前マコトは、記憶を一部取り戻した際にパニックになり気絶した。その際魔力も一気に使って“魔力の枯渇”寸前という状態になった。それはこちらの世界の人々にとって、生命に関わることだ。

 それを、サイゼルが裸になって互いに肌を合わせることで助けてくれた、いわば人命救助である。

だがマコトが驚いたのは、それがそういった行為であるということだ。


 つまり、こちらの人々は魔力を補い合う時にセックスをする。

逆をいえば、セックスやそれに近い行為が、魔力の交換となって回復を促すということだ。

それはこの世界の人々の、生命の神秘にも触れることになるのだが……村を出てから毎日、サイゼルは昼寝の時にマコトを自分の馬車に連れ去ってベッドに放り込んでいる。



もちろんその際、褐色肌の王子様は全裸である。

マコトは顔を赤く染めながら抵抗と、何故だか謝罪をして、マコト自身は上半身裸でいい、という譲歩に至った。


 それでも、あの筋肉に、サイゼル王子の腕の中に二時間程度は閉じ込められるのである。

目のやり場はないわ、かといって目をつぶれば良い香りはするわ、これは修行だと訳のわからないことを言い聞かせながら別のことを考えようにも集中できない。

 恥ずかしいのは自分だけで、いつも抱っこを嫌がる猫のように腕を突っ張って抜け出そうとしてみるが無駄な労力であった。

そして恥ずかしくてドギマギする、というのは案外長続きしない。疲れるのだ。そうして半ば諦め、半ば投げやりに時間が経つのを待つしかなかった。


 そうして、マコトもなんだかんだ身体の調子が良いような気がする。それに気づいたマコトはそっとその事実に蓋をした。


 ジャンは、その話を目を輝かせて喜んでいるのでもっと意味がわからない。


「ジャン様は、市井のラブロマンスがお好きですからね!」


 朗らかに小鳥が歌うように言ったピッケに、果実水を吹き出すところだった。


 一体、どこの何がラブロマンスに当たるのだろうか。

 そして災難なことに、それはサイゼルだけではなかったのだ。

リオネルが、その日の晩からマコトのベッドにいたのである。









バリ島ガムラン音楽参照。

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