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第四十九話 パズズ・エフェクト

※昆虫の苦手な方は読むことをおすすめしません。

映画『ハムナプトラ』がダメな方は厳しいと思います。







第四十九話 パズズ・エフェクト






 循環呼吸法をマスターしておけば良かった、なんて事を考えたのは一瞬で、演奏しながらも聞こえてくるのは不快な音とリオネルたちの声。

 おれは集中のために目を閉じていたが、片目をそっと開ける。


リオネルたちが空を見上げて固まっている。空は、空そのものが蠢いているように見えた。


 笛の音、即席バスドラムが途切れないよう注意する。サイヤとピッケには間違えて途絶えてもいいからすぐに続けるように言ってある。何か怖くても続けてほしい。

おれたちのことは、カーク・ハイムが守ってくれるみたいだ。三人の前に陣取り、小さな斧のような武器を携えている。

 いま吹いている笛は、日本の楽器のように高音は出なかった。代わりに伸びやかな良い音が出る。竹に近い見た目だったが、もっと音が太い。この笛なら、どこまでも響く気がした。



「虫?!」

「大きさがわからん! くそ、距離感が掴めない!」


騎士が大声で交わす言葉に、片目で覗いた世界が、また変わったのがわかる。


大きな虫ということか? でもこの音は、なんだ。ぎちぎち、とか、バサバサとか、擬音にうまくならない。おかしなジャミング音や、掠れたラジオ、夜中に放送が終わったテレビの砂嵐に近い感じの騒音だった。

これが羽ばたいている音……そんな事ってあるのか。


「来るぞ!」


リオネルの声と同時に、前が見えなくなった。

 ぶわっと風が吹き抜けたと思ったらそうではない。


ばち! ばち! とおれの目の前に見えない壁が出来た。白く覆われた世界の中でオレンジ色の髪が見える。この背中はカーク・ハイムだ!

 彼の、見えない壁のような魔法に何かがぶつかっている。

村の中を何かが埋め尽くしている。天も地も、どこもかしこもだ。その何かは蠢いている。音もけたたましい。潰されような圧迫感、視野が奪われ、聞こえてくるもの全て、感じる全てが不愉快だった。


「殿下!」


先頭にいるはずのリオネルが見えなかった。

いや、今の声はトマのはずだ。声も姿もはっきりとしない。視界を何かが遮っている。


おれはようやく、地面を、目を凝らして見た。防壁にぶち当たって落ちたものをだ。

蠢くものの正体は虫だと言った。だがそれは小ぶりの鳩ほどの大きさだ。


 ばち! ばち!


 その間にも、防壁に当たり続ける。羽は大きくて透明。おれは田舎の農家育ちなので虫は平気だ。しかしこれは、常軌を逸している。


 その全身白い虫は、白くなった土の上をぴょこん、ぴょこんと跳ねた。


この動き、脚の長さ、羽の形、集団で飛ぶ虫……そうして、おれはあることに思い至った。



「っリオネルーーーー! サイゼル!! これバッタだ!!」



 叫ぶなりすぐ笛に戻る。声が届いたかわからないが、とにかくおれは吹き続けないといけない。


呑まれて負ける。そう感じた。

前後左右、カーク・ハイムの防壁の外は、トマは、ジャンは、みんなはどうしている?! カークの壁が破られればどうなる。

だめだ、雑念は捨てよう。

 後ろの二人の音も心なしか途絶えがちだ。足はもつれたらもう片方の足に替える。おれは酸欠になっても吹いていないといけない。でもみんながどうなっているのか見えない。


 おれたちは、でかいバッタの大群に襲われているんだ。これは蝗害だ。体中、毛虫に這われたように総毛だった。


こちらの世界の、この巨大白バッタはおれの知ってるバッタに似ているが、同じものかはわからない。だから人に直接害を為すのか判断できない。

 普通、蝗害というのは農家泣かせの災厄の一つだ。バッタが異常繁殖して、畑を食い荒らし飢饉の原因にもなる。繁殖の過程で姿を変え、群れで飛行してまた次の農作物を襲う。


でも食べるのは植物だ。植物なら何でも喰らっていく。昔、親戚の家で聞いたことがあるが、人の衣服も麻や木綿なら喰われる。障子などの家具もそうだ。

 何でも喰って、喰らい尽くすのだという。


この世界のこいつらは、どうなのだろう。

 そう思って巨大白バッタを見やると、目が赤い。


 うげえええええ! 吹くはずの息を吸い込んでしまう。

さすがにこれはおれでも気持ちが悪い。恐怖に生理的な嫌悪感が加わった。目が、目があったのは気のせいだよな。足から力が抜けそうになった。



 気が引けて音が負けそうな気がする。だめだ。必死で踏ん張り、ダンダンダンと力強く踏み鳴らす。四拍子が基本でおれのパート。サイヤとピッケが小さな太鼓で、その間を縫うように細かく刻んでくれればいい。


 一応、昨日の練習で盆踊りらしきものも教えた。

ダンダンダン、タタタッタ。

こんな風におれが三回、太くて大きな音を出す。それに合わせて小気味よくアクセントをつける。八分音符で走るように、あるいは十六分音符を組み合わせればそれっぽく聞こえる。

 おれが休符を入れながら同じリズムを続けて、ところどころサイヤとピッケが入ればそれでいい。なにより簡単だ。

 日本の伝統音楽は西洋の譜面とは少し違うので、昨日の昼間に、感覚を掴めるまで練習した。

撥の頭も真綿でくるみ直して、ばっちりだったんだ。大丈夫。鉢巻きも大正解。嫌な汗をかいても目に入らない、汗で邪魔されないのがいい。


 音楽は一人で楽しむこともできる。でも、みんなでやるともっと楽しいってこともある。

練習のとき、サイヤとピッケは目を輝かせて遊ぶみたいに、でも一生懸命やってくれていた。音階や正しさなんてのをどこかに置き去りにして、ただ音が出るのが楽しい。打楽器には打楽器の良さがある。主旋律を盛り上げる、リズムを作る、と色々あるが、誰でも気軽に音の輪に入っていけるんだ。そうして他の音、他の人と組み合わさればみんな思わず笑ってしまう。

 そうだ、秋の祭りは豊作を祝う祭りだ。

祭囃子は、そうして生まれてきた。豊かな自然の恵みに感謝して、農具を笛や太鼓に持ち替えて、酒を飲んで笑って踊るんだ。


 その時脳裏に浮かんだのは、サイヤとピッケ、みんなが日本のお祭りにいる有り得ない場面だ。トマが屋台のお面をかぶり、ジャンがシャボン玉を吹いて、騎士たちは金魚掬いをする。稲穂にとまる赤とんぼを眺めるサイゼル。リオネルとリオネルの家族が、手を繋いで笑っている。


想像力が豊かすぎるかな、妄想っていわれるかもしれない。でも、なんだかさっきまでの気分と違う。きっと持ち直す。また陽気ななんちゃって盆踊り、なんちゃって祭りがみんなに聞こえるはずだ。白い病なんて、陽気に笑い飛ばしてやろう。

 笛を思い切り、高く吹き上げた。


 その時、視界が裂けたように前が見えた。

ついにカークの防壁が破れたのか!

 いやそうじゃない。遠くに背中が見えるだけだ。片方にマントを引っかけたあの背中は、リオネルだ!


 リオネルが、目に見えない刃を振るっているように見える。風、そうだ、リオネルは風を使うんだ。それで虫の大群に切れ目が出来たのか。

 左前方にはサイゼル、右前方にはジャンが見えた。他はおれの後ろに居てくれるはずだ。


サイゼルもジャンも、身体にまとわりつく虫を取ろうと一心不乱に手足を動かしている。多分それじゃだめだ。あいつらの脚力は結構強い上に、鉤爪のように引っかかるんだ。


 ばち! ばち! ばち! ばち! ばち! ばちばち!

防壁に当たる虫が増えてきたような気がする。

まさかとは思うが、おれ、狙われてないよな?















昆虫の苦手な方、大丈夫だったでしょうか。次回も続きます。

パズズ=蝗害を具神化したアッカドの神。風と熱風の悪霊。

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