第四十七話 覗く黒
第四十七話 覗く黒
リオネルは白骨死体と向き合い睨めっこをしている。いや、もう片方に目はないのだから、一方的に彼が見つめていると言っていい。
それも、白骨を見ながら昨晩のマコトとのやりとりを思い出していた、なんて知れたら、やはり気が触れたのかと思われるだろう。
リオネルには変なところが図太かった。それは王族の器量としては、決して減点にはならない。
そんなリオネルを、ナシラという男は白骨死体と交互に見やった。
「あんた、本当に王族か?」
「……制度に巣食う害虫とでもいいたいのか」
リオネルはナシラに見向きもしない。それより関心が、白骨に傾いている。綺麗な標本のように、骨の一つも欠けてはいない。
「違う違う。王族にしては、此度の『白い病』に対処するのが遅いだろう。遅いくせに王弟が出張ってくる。どういうことだ」
「お前に話す意義は?」
食い気味にそう返すとナシラは苦虫を嚙み潰したような顔になった。
「真剣に調べる気があるとは思えない。おれはな、せっかく協力してやろうと思っていたんだ。それをあんたは無下にしていいのか」
顔を上げ、明かりのない部屋の中でナシラを真っすぐに見た。
リオネルには『神眼』がある。これは魔力や魔法陣に頼らない特殊能力で、先天性の貴重な能力だ。ゆえに、ナシラに対する警戒は一部解いている。
思惑はわからないが、害はない。
そう判断した。トマや騎士たちにもこっそり伝えたが、いまいち反応が悪かった。彼らにとってそういう問題ではないらしいが、リオネルは自身がそう判断した時点で興味が失せている。
それはどうやら早計だったのか、そう思って紫の髪の中年男を見返したのだ。
「手短に話さないなら交渉などしようと思うな」
「おれは専制国家の僕ではない」
「うちは絶対王政じゃない」
「とにかく、おれはあんた達に良い話を持ってきたんだ」
強引で下手な手だなと冷静に思った。
「南大陸では、ほとんど魔力を持たない、使えない人間が増えているそうじゃないか」
ナシラの斑色の目が一瞬見開かれた。
この程度の駆け引きなら、苦労はない。まだ正体も目的もわからない敵も、これくらいだといいんだが。
「それで北大陸に探りを入れに来たのかな。まあなんにせよ、お前が何かを求めて密入国したんだろう。お前の欲しいものと我々の利害が一致すればいいがな。こっちは色々と事情があって手の内を晒すわけにもいかないんだ。お前のいう協力とやらがどんなものかは知らないが、聞く価値のあるものだと思わせる努力が必要だろう」
ナシラは目を逸らして黙り込んだ。腕も組んでいる。
勝ったな。これで次の一手がわかる。時として人の挙動は雄弁だ。
「……おれたちは在野で情報を集めている。それだけ民衆の中に溶け込み、馴染んでいる。情報屋として瓦版にも『白い病』の話を流した。それだけすぐ、この国の内外に伝達できる」
「そういう事ができる人間はこちら側にもいる」
僕はついに、スーレン一族に命令してしまった。『紙鳥』で兄に連絡を入れたが、ぎりぎりまで使いたくなかった手だ。
がらんどうの民家のやるせない空気が、白骨の、骨と骨の間にこだまする。瞳があったはずの眼窩は、穴だ。小さな二つの穴。しかしそれは最後に見たモノに対する怨恨で暗く、どこまでも深く続いている気さえした。
覗いてはいけない、知らない方がいい。
そんな忠告さえしているのかもしれない。
「だとしたら、だ。おれたちの協力で、良いことも悪いことも、その倍の速さで広まるし信憑性も高まるだろう。おれは、ここで白い病を退治する神子の力を見て、それを国内に広めてやる。もちろんあんた達のこともだ」
それはこの前聞いた。これ以上何も新しいものが出せないなら用はない。
リオネルは黙って放棄された民家を出ようとした。後ろからナシラの脂の乗った声が飛んでくる。
「人心の間で王族が優位な位置を占める! その上であんたの敵とやらも、おれたちを補足できない。おれたちの強みは敵の“計算外”ということだ!」
リオネルの足が止まった。殊更に、ゆっくりと、振り向こうとして見せる。
あと一歩だと相手に思わせるためだ。
「情報はあらゆる方面から集める、あんたはそれを統括して篩にかける。あれはどうした? 転移式で記憶を奪った魔法術式の学者とやらはわかったのか? ポルドスという男がどこに行ったか知ってるか?」
釣りを愉しむように、リオネルの手に、空気の振動が走った。
風魔法をうっかり発動してしまうところだ。
「ナシラ、今すぐ言え。時間がない」
「見返りは」
「……国内であれば所在の自由、関所の通過、どこでも通れるように手形をやろう」
「手形は十通」
ナシラが言いかけた時、音が響いた。
高い音と地響きのような音。遂に来たか!
リオネルは外に飛び出した。




