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第四十五話 藁か奴隷か

第四十五話 藁か奴隷か

 

 



昨晩、音楽に助けられたのはおれ自身だ。

 今朝目が覚めた時「正解がわかっているものを、それならやりますというのは奴隷と同じだ」という声が聞こえた。社会の授業だったか、どこかで聞いたような言葉だ。


いつかどこかで聞いたんだろう。パンク、ロック、グラム、そういった音楽に近いことを言っていると思う。

抗おうとするエネルギーを、激しいドラムやカッコいいギターのリフ、掠れたような歌声に替えて旧体制や権力へ叫ぶ。

 ツェッペリン、ニルヴァーナ。代表曲がすぐに頭の中を流れてくる。


答えがあるものは易しい。

それをやれといわれてやる。それは奴隷であり、長く搾取され続けた労働者の姿だ。あるいは徴兵されていく男たちか。

 おれに欧州やアメリカの細かい事情はわからない。

けれど、搾取と支配、抵抗と革命がその血に根付いている。暴力による支配、金銭による支配、人種によって優遇と排除が起きる。そういった様々な社会の不具合、その間で軋むように苦しみながら生きる人々が熱狂した。

 易しい答えとレールを捨てて、首輪を引きちぎる。

そんなエネルギーがある。クラシックとはまるで違う、音楽の血潮。

おれはそんな荒々しさ、破れかぶれな感情そのもの、腹の奥から叫ぶ力に圧倒された。

高校のとき、そうだ。

 中学の三年間で、遊ぶことも部活もしないで、家の手伝いで貯めた小銭をかき集めて電車に乗った。高校生になってしばらくした頃だったか。電車に揺られて大きな町まで行って、中古のギターを買ったんだ。帰りの電車の中を、強い西日が差していた。揺られながら、担いできたギターの重みに、おれは静かに昂っていた。

 あんな風に叫べたら、と、憧れたんだ。



日本で嫌な奴にどれだけ逢っただろう。余計なことを言う奴らがどれだけ多かったことか。皆、好き勝手にイメージを押し付けてくる。そのイメージに反すれば、ヒステリックなまでに糾弾する。おれも、もしかしたら同じ事をしていたかもしれない。自分がそれは違うといえるほど、高尚な人間じゃないことを知っていた。

浅はかで、人と人との間の摩擦で、こすれて、削れていった。

 そんな時、その腹に溜まった何かを音楽に求めた。



こちらでは、リオネルや、その周りに集まった人は、おれに良くしてくれる。

余計なことも言わない。色んな物事のやりとりに摩擦が少ない気がする。それが彼らの世界では当たり前なのだろうか。

 だから怖くなったのか。

おれがこちらの世界で役に立たなかったら、彼らを裏切ることになる。

恵まれているのに彼らの期待に応えられなかったら、おれだけが別物だ。

そう思うと余計に、自分が何をしたらいいかわからなくなった。

 おれは八尋のいうように「ナメクジ野郎」だったんだな。

 


 そんなおれに、サイゼルとリオネルは、人に見せたくないものまで見せた。ずっと自分の胸のうちにしまっておいたのだろう。

 誰だってそういうものはある。そして一生言わない。自分の悪事でも後悔でも、凶事でも、言いたくない。それでいい、別に言わなくてよかったんだ。

 それを敢えておれに言ったのは、自惚れかもしれないがおれのためだ。


 サイゼルは、白い村に未来を見ている。ここから始めるんだという覚悟、差し迫った壁を越えるんだと言わんばかりだ。


リオネルはどうだろう。彼の心に空いた穴は深くて暗くて、持て余しているのかもしれない。それでも彼が白い村を調べるのは、過去を求めているからだ。

最初の白い病は、家族を殺された凶事から一年も経たずに発見されたという。

それは関係があるのだろうか。何が関係していたのだろうか。

何があったか知りたい。どうして死んだ、どうして殺された。その慟哭を心の穴に響かせて、ずっと堪えてきた。

なぜ、白い子が生まれるのか。

なぜ、夫子が殺されたのか。


それを見つける手がかりが、白い村、転移者。

おれだ。そう、おれがそこに行くことで、それだけで大きな意味を持つ。


二人とも手探りだ。正しい方法がわかって正解が導けていたら、すぐやっている。

 そうじゃないから、行かなくちゃいけない。

大きなドラゴンがいるわけでもない、勇者でもない。おれは魔法も使えない。


 もし、こうだったらどうしよう。おれが役に立たなかったどうしよう。

当たり前だ。みんなそうだ。誰も全貌を知らない。答えもない、方法もわからない。

あるのは道標だけだ。


 無辜の優しさやあたたかなものに応える術は、勇気だろうか。

 答えのない道を突き進んで、転んでも応えてくれるのが、このあたたかいものなんだろうか。


―――お前なんかに出来るかよ。顔だけのくせに。


―――顔が良くて努力もできれば敵なしだろ。


 ホストになっても言われた悪口に、八尋がおれより早く言い返した。口が達者な八尋らしい。大して互いのことを知っていたわけじゃない。それでもそう言ってくれた。

 その後あいつはおれに向き直って「顔がマシってだけでその場が明るい。あいつとお前なら、お前の方が照明くらいにはなる」と、憎まれ口を忘れなかった。



行ってみるよ、とにかく。何があるかわからなくて怖いことは怖い。命を懸けることになるか、怖いものを見るか、行くまでわからないびっくり箱だ。


―――何が起こるかなんて、人間ごときにわかるはずがねえから考えても無駄。


そう、仏像のポーズをして言ったのは洋司先輩だ。


おれに声をかけてくれる人が一人でもいる。神隠しにあって違う世界で生きてるなんて突拍子のないことが起きても、おれのことを覚えてくれていた。

この世界でもそれは同じ、いやそれ以上かもしれない。植物がおれを気に入っているらしいからな。



 行くだけ行ってみよう。それは無茶だけれど、無謀ではない。

アドレナリンが出ているのは確かだが、それだけではない。おれの人徳でもない。

 ただいい歳した大人たちが、目の前で足掻いている。かっこいいか悪いかなんて関係ない。

それも、自分の為ではない。誰かの為にもがいて苦しんで、藁にもすがる思いをしている。


 頼られた藁としてはどうするか。もうわかるだろ。

 




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