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第四十二話 結んでひらいて

第四十二話 結んでひらいて




「そうです。そうして雨が降れば山は崩れ、下水処理も追いつかず、惨憺たる有様だったと言います」


サイヤの説明はとてもわかりやすかった。


 トマよりもサイゼルよりも、ヨギよりもわかりやすい。言葉足らず、余計な一言が多い、周りくどくて何言ってるかわかんない、三人だもんな。

リオネルは論外だ。

はあ、と浅い息をついて幕屋の天井を見やった。


こうして考えると、おれって結構苦労してるなあ。

食べること寝ること、衣食住には困らない。その上、ジャンをはじめとする人たちの人柄も良いだろうし、いつも同じ顔ぶれでおれが安心感や信頼を抱きやすかったのは認める。


でもなあ、大事なとこが抜けてるんだもんな。

まあ万事が全て整っている、おもてなし転移なんてあるわけないよな。困ってるから呼ばれたわけだし、こっちの人にはこっちの人の考え方とか、配慮の仕方とかおれの知らない色々があるんだろうな。



 サイヤの話を聞いてわかったのは、白い病が突発的な天災とは思えないということだ。


山や森は適度に管理しなければ荒れ放題となる。山師が選ぶ木を間引きすることで、他の木に満遍なく陽の光が当たるようになる。地表まで太陽が届く。

 これが間伐の仕組みだ。時折高い木に上り、無駄な枝を落とすのも重要だ。

そうして手間をかけて自然は保たれる。



「『白燐病』は汚水が原因だったわけだな」

「はい。もちろん他にも、必要な植物がなくなり、山の生態系が崩れたことなど…ともあれ人間が無謀な伐採を続けたことで、自然が失われ、動植物や虫や、すべての生き物が行き場を失いました。その最後のトドメのように、人間だけにかかる病が現れた。そういう風に私たちは子どもの頃から教わります」


「ですから、木は大事なんですよ!」


 ピッケもすかさず、サイヤに負けじと声を張る。


 木を伐り過ぎたことで、全てが崩れていく。

雨が降れば、木の根が大地を支えるが、禿山では土は水に任せて流れる。土砂災害だ。

住処を失い、食料を失った動物たちは人を襲うか餓死するか。全ての生態系が狂っていくだろう。


 それで、ヨギが言っていた山の民との植林活動に繋がるってわけだな。

それなら途方もなく時間がかかる。何年もかけて、木を植え、何十年も管理しなければならない。

「白い病」と対峙するのは骨が折れそうだ。その成果もすぐには出ない。


 今度の白い病は、一体何が原因で、どんなものなのか。

おれに、初代がやったことが出来るとは思わない。

結果どうなるかなど、今考えても仕方ないが、おれに解決できることだろうか。



 こほん、とサイヤが咳払いする。


「ですから、木の声を聞ける人が重要になったのです」

「木の声を聞く?」

「マコト様だって、花をいただいたじゃありませんか」



 急に話が飛んだな。

あれ、木の声って、どこかで聞いた気がするけど、白い病と関係あるのか。

あの、木が動物みたいに懐いたような、あの事か?

小さな黄色い花を咲かせて、おれにくれたあの木。あの時の黄色い花は、その晩に散ってしまった。確かあの時サイゼルが、おれの演奏で魔力が行き渡るとかなんとか、言っていたようないなかったような……



「ピッケ、転移者さまの元の世界じゃ、木は話せないのでは?」

「サイヤ、木が話せないんじゃなくて、聞ける人がいないんじゃないかな?」

「それ前にも聞いた気がするんだけど……こっちの植物、しゃべるってこと?」



 ああ、おれのSF免疫よ。今こそエンジン全開フル稼働してください。


サイヤとピッケは声を揃えて、はい! といい返事をしてくる。


「いや待て、木が喋るって、めちゃくちゃ伐りにくくならないか?」


 牛や豚が普段から人語で話せば、食べられるかそれ。無理だろう。想像したらとてもじゃないが肉なんて食えない。

異世界……怖いなあ……

 ごくり、と唾を呑み込む。



「マコト様。すべての植物が話せるわけでもないし、全ての人間が話せるわけでもないですよ」

「特別ですよ、と、く、べ、つ!」


 いたずら小僧のように、ピッケがえへへと笑う。そばかすの頬は健康的に日焼けしていて、少年らしく可愛らしい。大きな口を開けると雛鳥にしか見えない。



「魔力の高い、特別な人が、魔力の高い、特別な木の声を拾うことができます。そういう方が神祇官に選ばれるんです」

「神祇官…木との通訳が仕事なのか…」



 そういえば、ヨギやリオネル、あの棕櫚箒を思わせる頭をした村長も、そんなこと言っていたような気がする。

初代さまが我々に生きる道を教えた―――

それは、樹木や植物、果ては自然と共生していくってことなのかな。

おれの住んでいた田舎も、ダムの建設や高速道路、トンネル工事などのインフラを整えるために山を削っていた。それだけならまだいいが、不必要なまでの過剰な森林伐採で、土が剥き出しの禿げ山になった風景は、やはり気分が落ち着かなかった。

あそこに住んでいた小さな動物や鳥たちはどこに行ったんだろう、と子ども心に思ったものだ。


世界規模でいえば、日本の面積の何分の一の森林が毎年消えている。

新しい農地を作るため、木を安く売るため、理由は様々だが、そうして地球の温暖化が叫ばれていたのではないか。



こちらの世界では、声のないものとして人間の思うままにされてきた木々が、転移者と神祇官を通して大事にされてるのか。前は伐採しすぎて『白燐病』という恐ろしい伝染病まで招いたから。



うん、なんとなく点と点が繋がった気がするな。


この世界では、神祇官が森や木を見て、話を聞いて、伐ってほしい木や、人に手入れの具合を伝える。人間もまた木がほしいときは、神祇官を介して木に許しを得る。



「私たちのジアンイット王国が、緑豊かな国でいられるのは努力の成果です。同時に森の緑が多い事は国の威信に関わると院長先生がおっしゃっていました。初代さまのことを忘れたら、また森は荒らされる、とも。でもこの国では、転移者さまが二百年前にいらっしゃって、神霊院も仕事がやりやすくなったそうですよ」

「ええ?サイヤ、それどういうこと?」

「よく聞くだろ。“転移者さまのご威光”って」

「えーとサイヤ、転移者が来て白い病からみんなを助けたから、初代と同じで……そうなれば、やはり木を勝手に伐るな、ってなるのか」



 人間は現金で、短命だ。それだからこそ余計に目先の利益が欲しくなる。

伝承だから、伝統だからというだけでは、木々を勝手に伐って売りさばく奴らが出てくるのは時間の問題だ。

 サイヤの言う、神祇官が木の声を聞いて、伐採にいちいちお伺いを立てなきゃならないというのなら、木材の価格はすごいことになる。高級品といえるんじゃないか。

 もしそうならこっそり伐って金の足しにしよう、と思うのが当然だ。誰だってそうする。

 でも二百年前にやってきた転移者が白い病を治した、となればどうなるだろう。

国で白い病が発症し、そこで転移者が白い病を治せば、実績が生まれる。やはり森を守ろうというシンボルになる。おれが思っている以上に、転移者が現れるってすごいことなのかもしれない。


そうして皆、初代の頃の話を持ち出すだろう。あの時はこうだったらしい、とかなんとか。

要は守ろうとする者と伐って売ろうとする者のバランスだな。

 どんなに現実主義でも、無闇矢鱈な伐採が何を招いたかを思い出す。そうして初代転移者がどうしたか、自分たちの日常と結びつけるんだ。

 そうしてまた、伝統や伝承が長生きするわけだな。


日本の昔話も、突き詰めれば水害とか自然災害だったりするもんな。


うーーん、ということは、なんだ。おれはSFより民話の世界に入り込んだことになるのか。



「木々の勝手な伐採はご禁制です」

「そういえば、昔両親が、この国が豊かなのは、みんなが木を大事にするからだよって、ずーっと言ってた気がします」



 この前あの村で聞いた時は、全く理解していなかったが、今日はなんとなくわかってきた気がする。


「なら、二人とも手を動かしてくれ」



おれの考えは間違ってなさそうだ。

二人は縫物と、やすりをかけるのと、色々な作業を手伝ってもらってる。まだこの後も練習があるんだ。


 初代や先代のように上手くいくかはわからない。

おれはこっちに来て思い出した声に、また背中を押された。


―――なんでも、まずはやってみろ。


こちらに来て、初めて戻ってきた記憶。

まだ誰だかわからないけど、大切な人だと思う。そして「やってみろ」というその人の声は、お守りみたいなものだ。


――やってみてダメだったら?

――そんときゃお前、助けてもらえばいいんだよ。


 

 それは小さな黄色い花のように、おれの心を暖めてくれた。







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