こぼれ話② サイゼル先生の魔法教室
サイゼル先生の魔法教室~二つの太陽~
「村まで暇だから、このおれが講義してやろう」
そう言いながらこっちの反応も待たず、勝手に馬車に上がり込んできた褐色肌の王子様は、いつもと変わらず胸元が大きく開いた服を着ている。身体に巻き付け、光沢のある帯を腰に巻き、アラビアンナイトもかくやといったところだ。
リオネルは二階へ避難中。ということは、おれに向けて喋っているんだろうな。
「…アリガトウ」
「…なんか心がこもってなくないか?」
「なくないです。嬉しいです本当に」
少し間があったが、サイゼルはカウチにどかっと座り茶菓子をつまみ始めた。
相変わらず、この馬車という名の乗り物はすごい。静かで全く揺れない。
「さて、そうだな。お前が最初に驚いた二つの太陽の話をしてやる」
ふたつの太陽。それはおれが初めてここが日本じゃないと思った、奇妙奇天烈な光景だ。
「二つの太陽が昇っている状態を『双陽』という」
「毎日二つじゃないのか」
「季節によって違う。冬場は『双陽』の日が減る」
「それで寒くなるって?」
おれの頭は地球の自転、傾き、北半球と南半球の常識というものがあるので、そういうイメージしか湧いてこない。
「いや、ジアンイットやおれの国は比較的温暖だから、冬場でも寒さで困ることはない。困るのは魔力だ」
「魔力?」
なぜ太陽に魔力が関係しているんだろう。
前に言ってた光長石のことか? 確かあれは太陽エネルギーを取り込むソーラーパネルと似た仕組みの魔石だったな。それなら理解できる。冬場に日光で自家発電できないということだろう。
「マコトはここにきて、暑さをどれだけ感じる?」
「暑さ? いやそんなに」
真夏には程遠い。春の終わりから初夏ぐらいの間を行ったり来たりしている気がするが、違うのだろうか。
「待てよ…太陽が二つあるのに暑くないってことか?」
サイゼル殿下は大きく頷いた。その回答を待っていたか、もしくはその答えを引き出しだ自分の手腕に満足したのだろうか。
「天体は専門外で詳しくないが、一応、理屈がある」
「はあ」
「二つの太陽は、どちらかがこの大地を暖め、どちらかが魔力を届けている。だから冬に片方しか昇らないと、この大地、大気中の魔力エネルギーが減るという理屈だ」
「はあ?」
おれはSFがとことんわからない。けれど、けれども、片方が魔力の星?
なんだそれ。
太陽ってそもそもあれだろ? 電子レンジと同じ電磁波だろ? そう『小学生のための理科』とか実験付録がついてくる月刊冊子とかに書いてなかったか?
「あ、無理無理。これわからんわ」
「…なんだと?」
「いや、脳が理解しようとするのを拒絶している感じ」
「お前の言う事は、時に恐ろしく阿保で、阿保すぎておれが理解できないんだが」
「いや、転移者に理解求めすぎ。無理だってそんなのわかるわけないだろ」
「未知なるものに対する心構えがなってないな」
やれやれと呆れ半分、もう半分は馬鹿にしている。絶対そうだ。
そうじゃなきゃ、あんな優雅にムース茶を飲む姿が様になるわけがない。
「いやいやいや。おれ、この前赤ん坊が卵で生まれるって聞いてまだ信じてないからな!そんなホイホイお前らの常識が通用すると思うなよ!」
「何でお前が偉そうなんだ!」
「無理だろう哺乳類が卵って!全部カモノハシじゃねえか!」
「なんだそのカモノハシって」
「男しかいないってのも! 単性生殖っていうのも!」
「まだそんな事を言ってるのか」
「おかしいものはおかしい。この世界は非常識だ」
「魔法や魔石には興味があったろう」
「……それはそれ。これはこれ」
確かに魔石はすごく、こう、少年の心が疼きだす。これで魔剣とかドラゴンとか出てきたら興奮する可能性は高い。
「お前の世界にも、お前の常識では考えられないことがあったはずだ」
「もっともらしいこと言ってんじゃねえ!」
とにかくサイゼルに言いくるめられないよう、間髪入れずに返答していく。
じゃないとおれは、この高慢王子と魔力の相性が良い、つまり……その、あれも……相性が良いという事を認めることになるからだ。
そう、こいつと……セックスの相性が良い、らしい。
それだけは勘弁してほしい。断固拒否、絶対にお断りだ。
片方の太陽が魔力の星だとか変な事を言いに来たと思ったが、どこかで一瞬、おれを励ましてくれているのか? と思わないでもなかった。
いつも通りのやりとりをして、気を紛らわせようとしてくれていると。
「やはり低次元の阿呆とは、話すだけ無駄だな」
そう捨て台詞を残し、褐色肌の王子は二階のリオネルの所へ行ってしまった。
後ろから引っぱたいて良かっただろうか。




