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第三十一話 駆け足と落とし前

第三十一話 駆け足と落とし前






その魔法は夕闇に白く小さく光りながら飛んでいく。渡り鳥のように空を駆け、きっと夜が明ける前に、仲間のところへ届くのだろう。


「さっき空にたくさん飛ばしたのは『(かみ)(どり)』とか『似鳥(にたどり)』とか言うんです、伝書魔法の一つですよ」


 ジャンは静かなマコトを気遣いながら、返事を求めない独り言をかけ続けた。



「夜でも飛んでくれます。長距離になると鷲や鷹に括りつける昔ながらのやり方も取りますが、それも魔法を使い、速さと正確さを補強しています。便利でしょう」


着替えを手伝い甲斐甲斐しく世話をするジャン。

マコトはどこか遠くを見ているのか、反応もない。

それでも良い。ジャンは目を細め、マコトの身を案じ、努めて柔らかく、温かく接した。いつもより時間をかけて、動作そのものも遅くして、彼を刺激しないように。

 

 幼い時に、傷ついた野生動物を保護したことがある。

あれは鷹だったか。興奮させないよう、適度な距離を保ち、そっとしておいた。

田舎の風景に沈む夕日が、胸の内に痛ましさと寂寥感を訴えていた。







これまでマコト様は、気を失うことや、体調が悪くなることはあった。記憶が戻る反動だとサイゼル殿下は言っていたが、今日はそのどれとも違う。

何があったか不明瞭だ。記憶が戻ったのか、何が彼をこうしたのか。

それが何故か、リオネル殿下と同じように、言葉なく項垂れているのか。

サイヤが世話をしていたが、リオネル殿下も口を閉ざし、あらゆるものを拒んでいるようだった。



 ジャンはマコトが布団に入ったのを確認すると、室内灯を落とす。



「明日もう一度お伝えしますが、明朝、トマ様の帰りを待たず出発します。では」



 馬車の中は男二人。人間らしい動きや、感情の揺らぎ一つ感じない。呼吸と衣擦れすら、なりを潜めたのだ。






  ※






 村男は走る軍馬の背にしがみついていた。正確には、その手綱を握る男の背中にしがみついていた。

 日が沈んでからそう経ってはいない。それでも通常は町の門は下ろされ入れないはずだが、なんとか権力をねじ込んで開けさせるという。それももう『紙鳥』で連絡済みらしい。


 後ろにも一騎、鼻の下の髭がトレードマークの騎士がついてくる。大柄ではないが、大きなアーモンド形の瞳が後ろからこちらを射抜くようだ。

それだけ、真剣になってくれているのだろうか。

こんな、小さな村の小さな凶事に。



「もう一度確認する」


前から大きな声が届く。しがみついている背中からも声の振動が伝わった。



「ポルドスの行きつけの店、よく喋っていた人物、何でもいいから案内して我々に教えるんだ。いいな」


 馬上で返事をすると舌を噛みそうだったが、なんとか「はい」と答える。


 しばらく走ると、馬足が緩んできた。速度を落としたらしい。町の門が近い。

門の篝火が揺れている。


「おい、そういえばポルドスの(ぎょく)はお前が持ってるのか?」

「あ、はい、預かって参りました…」


 なんとか揺れに耐えながら答える。(ぎょく)は、生まれた時に取る証文のようなものだ。その者の魔力を記憶する。そして死してなお、その魔力を記憶しているという。


 男は首から下げた小さな石を握りしめた。


「あの…貴族さまですよね」

「…まあそうだが」

「わしらみてぇな村人に、ありがてえと思います。村長もしばらく落ち込んでましたし…それに、ポルドスは確かに良い奴じゃなかったけど、そこまで憎まれるような奴でもねえんです。わしらは、わしは特に…」

「そうか」

「わしら若い者は、村の収穫物をこのエッグヘンに売りに来ます。町の奴ら、農民だと思って時々変に足元を見るんです。安値をつけられたり、言いがかりとかいろいろ…そんな時、酒飲んで通りかかったポルドスが、大声で文句を言ってくれたんです。何度かそういうことがあって、もうケチをつけられることはなくなりました」


 男は村人の中では比較的小柄だった。

騎士や王侯貴族がほとんどを占める宮中とは違う。これが農村の食事事情であると共に、比較的大きな体躯を持つ者が騎士として合格し、上京していくのが通例だからだ。


 トマから見ればこの非力な男が、よく振り落とされずにしがみついていると思う。



「ポルドスにとってはなんでもないことだろうし、わしらも喧嘩腰に絡んでいっただけに見えたんで、なんとも思うておりませんでした。でも、あいつがそんな気がなくても、助けられたことには変わりはねえです。だから、そう…だから…」


 男はトマの服を握り直した。


「良い奴じゃなかったけど……仕事もせん、ろくでなしだったけど…」

「悔しくて当然だ。極悪人でもない一介の村人が、命を奪われる理由はない」


 トマは手綱を引いて馬を停めた。門番がこちらに向かって来る。



「見捨てるのも違うよな」



そう言いながら、トマは男の手をはずして自分は馬を下りた。トマの首には、リオネル大公から預かった、大公領領主の資格を表す印章の指輪が覗いている。


村の男が泣いたかは定かではない。

殺されたから、そのポルドスが良い奴になったわけじゃない。これは彼らなりの落とし前なのだ。


「私たちも、絶対にそのポルドスの足跡が知りたい。助けてほしい」



 大公殿下の腹心、だが貴族でもあるトマがそうして村人に言うのは初めてのことではないか。けじめに厳しい彼が、自らその身分の垣根を超えるとは誰も思わないだろう。


 その場で見聞きした、騎士マハーシャラと村人以外、それを知る者はない。












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