第二十八話 ドラ息子
第二十八話 ドラ息子
――わしの息子は、いい歳して、本当に手の負えない大馬鹿者です。碌に働きもせず、ふらふら町に出かけては恐喝、帰ってきては金目の物を家から盗っていくような、お恥ずかしい奴で……そんな馬鹿息子のポルドスが、数ヶ月前に上機嫌で帰ってきたこう言ったんです。
『いい儲け話に乗ってみる。おれにも運が回ってきた』
そう言って、村を出てしばらく、手紙と金を送ってくるようになりました。それがある日を境にぷっつりと途切れ、しばらくして、その紙を携えた男が、遺体を運んできたっちゅうことですじゃ。――――
「わしら、言うたんです。うまい話はやめとけって」
「そうそう。でもあいつ聞かなくて」
「でも自分は腕っぷしには自信があるからとか」
「金があればこの先、白い病になっても村が助かるとか」
村長の話を後押しするように、後ろにいた村人たちが口添えをする。
「手紙にはなんて書いてあるんだ?」
リオネルに問うが、彼は口元に指をあてたまま、黙って微動だにしない。それを見かねて
ヨギが口を開いた。
「…村長殿。この者は来たるべく異世界から人を招く儀式のために、その身を投げ出しました。我々は止めたのですが、召喚の儀を急ぐ神霊院の者や、王族に強く勧められたのでしょう。この世界の為になるならと、魔力をすべて差し出し、事切れました。誠に遺憾です」
読んだヨギの顔も、先ほどとは打って変わって険しい。
『人を招く儀式』って、おれを召喚したあの儀式のことか。そのためには魔力が必要だった? 誰かの命を奪うほどの魔力が?
もしかして、おれはそうやって連れて来られたのか。
背筋が寒くなった。花で喜んでいる場合じゃない。おれが来たせいで、誰かを殺してしまったというのなら、おれはどうしたらいいんだろう。おれが、この人の息子を奪ってしまったことになる。
「マコト、信じるな」
リオネルが水色の瞳を尖らせておれを見た。なんだろう、怒ってるのか。
「…ポホス村長。村長は、どう思われたのか」
静かな声でリオネルが尋ねる。ポホスは上目遣いでリオネルを見上げ、一度口を開こうとしたが閉じ、一度大きく息を吸って、吐き出すように言った。
「あの馬鹿息子が、世のため人のため、といって死ぬなどありえません」
村長の瞳に、やりきれない何か、不信、疑いと怒りのようなものが浮かんだ。
――おれはこの顔をどこかで見た。
ふいにそう頭をよぎった。なんだ? おれはどこでこんな顔を見たんだ?
「あの悪たれが、騙されて死ぬならそれも仕方ないことですじゃ。しかし…人のためになんぞ、口が裂けても言わないような男です」
口元を引き結び、ぎらぎらと目を光らせた。
やっぱり、この顔を知っている。どこかで見た。老いて日に焼けた額は皺が寄り、その下の眉と瞳が何かを堪えるように、何も見逃さないように少し血走っている。
怒りで胸の内側が焦げ付くようなこの感覚。こんな顔をした人を見た。一体いつ、誰が……
おれはそんなことを考えていると、冷や汗が出てきた。おれが、この人にこんな顔をさせている元凶なんじゃないか。そう思えてきたからだ。
「……おれの、せいで」
「信じるなと言っただろう、マコト」
さっきより強い口調でリオネルが言う。水色の瞳が燃えている。
「村長、儀式の詳細は民には伏せられています。それを利用されました」
「利用?」
ポホス村長はトマの顔を見上げ、泣きそうな顔になった。続けて神祇官のヨギを見る。
「では……召喚の儀とは……」
「儀式で使う魔力は、数年がかりで中央神霊院で貯蓄します。それも、魔力の多い王侯貴族と神祇官を中心に。誤っても死なせるほどの魔力を取り出そうとするなんて、出来るはずもありません。そんな術式さえない」
ヨギは続ける。硬質な声色だ。
「そしてリオネル大公も、私も魔力を提供しました。当然です。失礼だが、そのポルドスという者の魔力量は?」
「…村人にしては多いくらいで…」
「貴族や騎士に目を掛けられるほどのものではない、そうですね」
「ええ……」
やはりそうか、とその場の誰もが思っただろう。けれどマコトは、違った。
おれのせいじゃないのか、と一人安堵していたのだ。それに自分自身が気付いたとき、吐き気を感じた。記憶の有無のせいじゃない。
おぞましい、と思ったからだ。
おれは今、ほっとした。おれのせいじゃなさそうだから。ほっとした。そんな風に考えてほっとするなんて、おれは、おれはなんて……
「マコト?」
気付けば、真っ青な顔で、両腕を震わせていた。




