第二十七話 蕾ほど
第二十七話 蕾ほど
そのあと、あれよあれよと話が広がり、駆け付けたリオネルから「でかした」と褒められ、トマは安堵の表情だ。侍従たちは浮足だつように、顔をきらきらさせている。
村人が数人、何か言いながら出てきて、ヨギ神祇官を連れておれのいた木の方へ歩いていった。おれはそれを遠巻きに見ながら、村長の家へ案内される。民家は見た事のない、大きな繭をくりぬいてくっつけたような丸っこい形をしていた。
その村長の家は村役場も兼ねているそうで、一番大きく、形も他の家とは異なっている。土壁なのかレンガなのかはわからないが、どんぐり帽子のような屋根で絵本の挿絵に出てきそうだ。
案内された部屋のテーブルは、大きくて立派なものだ。灰色で模様のある、綺麗な一枚岩だった。
「マコト、それがその?」
リオネルに尋ねられた、おれの黄色い花。六枚の花弁で、今にも散ってしまいそうなほど可憐だ。
頷いて、リオネルに手渡すと、面白そうに手の平の上で眺める。まるで子供みたいな顔をするんだな、と思う。花がそんなに珍しいのか。
一通り見て満足したのか、リオネルは満面の笑みでおれの耳の上に花を挿した。女の人がピンで髪を止めるみたいに。
「な、これ、恥ずかしいんだけど……」
「似合ってるよ」
取り合ってくれないので、まあいいか、と大きなため息をつく。自分で外すのも、なんだかリオネルの機嫌をわざと悪くしそうで、どうでもいいことは刺激しないでおこうと思った。ハワイとか南洋では男も髪に花を挿す。うんそうだ不自然じゃないぞ。
それでおれはどうしてこの村の人に拒否されて、今はどうしてここにいるのか。
確か、転移者を喜ばない敵がいるっていう話だが、もしこの人たちがそうならもっと緊迫感があるだろうし、おれたちの周りにいる何人かの村人は、戸惑っている様子だ。
眉根を寄せたり、こっちを見たり、目を背けたり、落ち着かない人もいる。そして男しかいない。分かってはいたけれど、やっぱりそうだよな。老いも若きも、男だけ。
「それで、なんでおれとお前が拒否られてたんだよ。ここお前の、大公領ってお前の領地なんじゃないのか?」
リオネルは綺麗な灰色のベストを首元まで詰め、ゆったりとした優雅な袖の白いシャツ、右肩にマントのようなものを引っかけている。考え込むようにして、おれの問いには返さず、じっと村人たちの顔を見ていた。
リオネルはこういう、不親切というかマイペースなところがある。おい、とおれが肘で小突いた時、ヨギたちが部屋へ入ってきた。部屋の中が一気に賑やかになる。
「マコト様、おめでとうございます。あの木々たちも本当に喜んでいて、マコト様に贈り物を、と言っていました」
興奮して駆け寄ってきたヨギは、おれの耳元に花が挿してあるのを見つけたのだろう。ますます嬉しそうな顔をした。黙っていれば渋いイケメンのヨギが、熱っぽい瞳でこちらを見てくるので、どぎまぎする。
「木々が……言っていたって?」
「はい」
満面の笑みを見せる。村人たちのざわめきも小さく遠のいていくようだった。
「マコト、神祇官の仕事の大部分は、木の声を聞くことなんだよ」
ぼそりとリオネルが耳打ちする。掠れた色っぽい声でびくりとした。
しかし内容はすんなりいただけない。木の声を聞くって、会話をしたということなのか。
「その、いつものパターンなんだけど、転移者資料とやらになかったのか? この世界が木と話せる世界で転移者がびっくりした、って」
リオネル、ヨギ、トマを見渡すと、三人はあんぐりと顎を垂らした。しまった、と言いたいのか。それとも何かおかしなことを言ったのかな。
「トマ……」
「いやあ、お勉強会でちょっと話したつもりでしたが」
勉強会?そういえば、一日付き合ってくれたことがあったな。あとはリオネルが忙しくなったとかで全然会えなかったけど。あの時のおれの理解力が低すぎて、聞いてなかった、とか言われたら、それは有り得る話だ。
「異世界から来られた転移者さまが、我らに生き方を教えてくださったんですじゃ」
向かいの席に座った老人が、口を開いた。
老人といっても、白髪ではない。棕櫚のような茶色のぼさぼさした毛を束ね、頭頂部は後退していて皴が深いことから、老人なのだと思った。背も曲がり、他の村人より小さい。
それでも、しっかりとした声でそう言った。声に力がある。
マコトはこの人が村長なんだな、と思った。
「この世の木々が意思を持ち、それを伝えようとしていること。森の民たちが、意思を汲み取って生きてきたこと。そして、今は神祇官さまが世界に散らばり、我らの生活を、我らが壊さないように調停役をなさってくださっています。これはすべて、初代さまのおかげですじゃ」
村長は棕櫚箒のようなふっさりとした眉毛を上げて、おれをよく見ようと首を突き出した。
「木はいつも、我らと共に生き、我らに恵みをくださるのです。大公様、先ほどは申し訳ありませんでした。実は…こんなものが届きましてな」
村長が懐からテーブルに出した、藁半紙に似た紙。それを読むリオネルたちの顔が強張っていく。
「これは…ポホス村長…」
トマが目じりを吊り上げるように怖い顔をした。
「息子の遺体と共に、届きましたんじゃ…」
村長は体の力が抜けたのか、よれよれの紙のように、くしゃっと顔を歪めた。
おれがこちらに来てから初めて聞いた。
誰かが、亡くなったと。




