第二話 救済を求む
第二話 救済を求む
「いやおれ本当にSF苦手で、映画とかもよくわかんなくて。」
目の前の男は少年のように、あーでもない、こーでもないと落ち着きなく身振り手振りで説明している。肩より少し長い黒髪がそのたびに揺れると、ため息が漏れそうになるのをこらえた。伝承では、転移者は美しい人だとあったが、これほどまでの美形は稀だろう。
サイゼルは普段通り、自分の思い通りにならない転移者マコトに嫌気が差したような顔。
片眼鏡が光る我が乳母子のトマは、なんとかマコトとの意思疎通を試みている。
「えすえふが何かは知りませんが問題ありません。ここはあなたがいた場所とは違います。太陽を見せると手っ取り早く納得するというのは神祇官が伝え聞いていて」
「すごいなその水色と灰色の中間みたいな髪。ブリーチ?地毛?でも日本語通じてるよな。日本語うまいんだな」
「言葉の問題ですか?それはあなたがこちらの言葉を話しているんです」
「おれが英語? あ、スペイン語とか?」
そんなまさか、とマコトは笑った。大人っぽい艶と小柄で均整のとれた肢体から、さぞ色っぽく話すのかと思いきや、田舎の農民のように大らかだ。記憶封印の魔法が解ければ、成人のように話すのだろうか。
「やっぱ外国人はみんな背が高いなあ」
マコトが部屋をぐるりと見渡す。今ここにいるのは僕とサイゼル、トマと侍従だけだ。
「みんな? いえ私たちの身長は平均ぐらいです。そうか、確か資料に、転移者は小柄な民族だと書いてあったような」
「小柄っておれこれでも180はあるから結構モテたんですけど」
「マコト様くらいの体格では、こちらでは未成年です」
「未成年⁉」
キリがないな。パンパンっと手をうつと、二人はぴたりと止まった。
「自己紹介がまだだったね、悪かった。僕の事は覚えているかな?」
「あ、はい。リオネルさん」
「殿下、とお付けくださいマコトさま」
「いいんだよトマ」
「……公式の場ではお控えください」
「こちらは私の近侍、乳母子なんだ」
「トマ・スーレンです、マコト様」
きっちりとした礼に、マコトもぺこりと頭を下げた。
「マコトです」
「あちらにいらっしゃるのが、僕の友人のサイゼル殿下」
サイゼルはこちらを一瞥してぷいっと顔をそらした。まだ若い王子だ。
「君の世話をしたのがジャン・バルク。騎士として優秀なので君の侍従に付けた。なんでも彼に言ってほしい」
「はあ……あの侍従とか、殿下とか、付いていけないんですが……」
「やはり馬鹿なのだ、そいつは」
彼はマコトをひと睨みすると、くしゃり、と自分の髪の毛をかきまぜた。
白い前髪は目にかからないように切りそろえられ、後ろの毛は刈り上げられている。サイゼル殿下は堰を切ったように話し始めた。
「全く、ようやく召喚の儀ができると聞いてきて、やってみればこれだ。やっぱりおれが神祇官と共に魔力を……そうしていればもっとましなのを連れてこられたはずだろう!」
「殿下、お言葉ですが転移世界のあちら側は身分制度がほとんどないと、先代のときも混乱があったようです。これくらい当然でしょう。その上我が方に落ち度ありとおっしゃるのは公式の発言ですか? 転移の術式は代償なしにはできないのですよ?」
「待て、そこまでにしてくれ」
可哀そうに、と心の中で付け足す。
「段取りが悪くてすまないね、マコト。僕はリオネル。リオネル・ランスター大公といわれる、現国王陛下の弟だ」
「……王様の弟?」
「そう。サイゼル殿下は他の国の王子さまだよ」
子どもに言い聞かせるように話すと、彼は動揺しつつもなんとか考えている。やはり、記憶封印の影響が大きいらしい。このくらいで話すのがちょうど良さそうだ。
やれ、サイゼル殿下はやきもきしそうだな。自分が末っ子だから、自分より可愛がられる者がいる状況にも慣れないだろう。
「それで、おれは?」
黒い切れ長の目がわずかに揺れる。
「マコト、君はこちら側に連れて来られた。この世界に転移したから転移者と呼ばれる」
「なんで、おれが」
「さて、誰が、については神の御意思だろう。もう半分の答えはある。なぜか、それは僕たちが困っているから、助けてほしいから」
「困ってる?」
「ああ、敵がいる」
「敵?」
「ああ、君がこちらへ来る際、君の記憶を盗んだ」
「おれの、記憶」
しばし、目をひらいたままマコトは黙った。そうして自分の指をさするとこういった。
「おれは、元の世界に戻れますか?」
まっすぐに見上げられた、その瞳は黒いけれど、とても澄んでいる。
「いいや」
目をそらさず、そう答える。はーっと、彼は大きく肩で息をした。
「ちょっとよく、まだ飲み込めてないんですけど、おれはこのままじゃ困ると思います。頭の中もごちゃごちゃして、落ち着かない。取られたんなら取り返したい。そうすればもっとまともに考えられる、気がするから……」
最後の方は自信が無さそうに、消え入るようだった。
僕はゆっくり、彼の手をとって握手をした。僕らは仲間だ。
冷えた彼の手をにぎって、必ず目的を果たすことを、改めて自分の魂に誓った。




