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第二十六話 小さな村の小さなこと

第二十六話 小さな村の小さなこと






翌日、街道の少し外れにある小さな村に付いた。

あたりはいつのまにか平原から岩肌の覗く山や丘、点在する森の木々に変わっている。遠くの方には高い山も見え、異国の自然がマコトの瞳には新鮮に映った。日本では見かけない山や木の姿は、ほんの少しだけ、海外旅行しているような、そんな高揚感を与えてくれる。


マコトたちが王宮から走らせてきた馬車は、大きくて迷惑がかかるので村の囲いの外に停めているのだが、何をどうしたのか、村の人がリオネルの来訪を拒絶しているという。それだけじゃない、おれ、つまり転移者もだめだそうだ。

 そんなわけで、バスのような馬車から外に出たはいいが、木陰に腰かけてずっと楽器を弾いている。


 今日は笛と弦楽器を持ってきた。弦楽器は琴に近く、床において演奏するタイプだ。それだと前かがみになって演奏しづらいので、おれは片方を膝の上に乗せ、日本的なメロディを繰り返している。指先が痛むほど硬い弦だが、おれの手もなまっているので致し方ない。

馬車を停めた道の脇の木に背中を預けて、ああでもないこうでもないと色々試すのが楽しい。時間もあっという間に経つ。


 リオネルやトマは交渉に難航して大変そうだが、侍従や騎士は半分諦めがちに、馬の世話や食事の準備、洗濯など思い思いに過ごしている。



「マコト様の演奏は、初めて聴きますが素敵ですね」


乾いた洗濯物の籠を手に、ピッケがにこにこしながらおれの近くに腰かけた。


「そうか?」

「はい。聴いたことのない曲調で、でも木々も喜んでるみたいですよ」

「木?」


 この世界に来て、離宮の庭の散歩などをしていて、緑が気持ちいいと感じる。それは実家が田舎の農園で懐かしかったからだろう。東京ではなかなか、山や公園、緑いっぱいの所へ行くこともなかったから。


「木が喜んでるって、面白い褒め方だなピッケ」


 笑いながら返事をすると、ピッケはきょとんと紺色の目をまん丸にした。


「本当ですよ。ヨギ様に聞けばもっとはっきりすると思いますが」

「へ?」


 ヨギに聞くって何をだろう、と手を止めると、急に視界に影ができた。


「なんだ、弾かんのか」



 サイゼルがこちらの手元を覗き込んでいる。その上、田舎の自然豊かな風景に不釣り合いなほど着飾って。

いつもの白く、大きく胸を開かれたワンピースのような長い着物に、これでもかと布をふんだんに使った紫のローブのようなものを羽織り、地面を擦っている。袖は必要以上に大きく膨らんでいて、同じ生地をターバンの要領で頭に巻いていた。



「サイゼル…すごいなそれ」


 そういうと、得意げな顔をして笑ってみせる。優雅で傲慢で、そういえば王子様だったなと思い出した。


「村人が何を言ってるのかは知らないが、暇だ。何か弾いてくれ」


 少し素直な物言いに、ちょっと嬉しくなったので、膝に置いた琴をおろして、前かがみになって両手を使う。弦を押さえる、そして爪弾く。


  ―――さくら さくら 弥生の空は 見渡す限り



 この世界に桜があるかは知らないが、さっき「木」と言われて浮かんだ。楽器の音質にもよくあっている。お次は猫ふんじゃったのスローバージョン。琴でゆっくり弾くと、それなりに趣きが出て悪くない。


 弾き終わると、ピッケは嬉しそうに、サイゼルもどこか得意げに拍手をくれた。


「やはりな、お前が演奏すると、魔力を周りに伝えるような感じがするな。木々もさっきより木の葉が揺れているのがわかるだろう?」

「木が?」


背にしていた木を振り仰ぐと、さわさわと葉が擦れる音がする。少し傾いてきた日の光を、葉の一枚一枚が跳ね返すように鮮やかな緑色をしている。すると、下の方の枝がしなった。



「え?」

しなり垂れてきた枝は、おれの頭の上で小さな蕾を見せた。かと思うと、親指の爪ほどの黄色い花を咲かせたのだ。

ゆっくりと、その花が開いていく様に見入ってしまった。


「受け取れ、マコト」


 サイゼルに声をかけられ、我に返る。起きていることがうまく飲み込めないが、マコトは恐る恐る手を伸ばして、花をぷちんと摘み取った。枝は風に乗るように元に戻っていく。



「どういう……」

「き、奇跡だ……サイヤーーー!ジャンさまーーー!!」



 ピッケは今まで握っていた洗濯物を捨てるように置き去りにして走っていった。

摘んだ黄色い花を、おれはくるくる回して見るが、不思議で仕方ない。今、木が生き物みたいに、いや生きてるけれど、動物が懐くように花を咲かせたのだろうか。


「…この世界の木はみんなこう、人間と仲良くしてるってことか?」

「当たらずとも遠からず。お前が転移者という証明だな」



 答えになっていない。怪訝な顔をしたマコトを、サイゼルは何故か自分のことのように得意げに見つめ返した。










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