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第二十五話 金の短髪、銀のピアス

第二十五話 金の短髪、銀のピアス





 あたりには霧が立ち込めていた。森だろうか、木々の緑が白く煙る合間に見え隠れしていて、とても静かだった。おれは座っていたので、立ち上がって前に進もうとした。

その時だった。



「落っこちるぞ」



 後ろから声がした。ゆっくり振り返ると、どうやらここはお堂のような場所らしい。奥の壁には松が描かれている。その前に、知っている人が座っていた。


「…洋司先輩」


 よお、と先輩は鷹揚に手を挙げる。おれがお堂の高い床に上がると、周りの霧がさあっとなびいた。風が吹き抜ける。


「…湖? いや、泉か…」

「水上能舞台なんて洒落てるよな」

「え、やっぱり洋司先輩ですよね。夢だけど」

「突っ立ってんなよ」



 ばんばんと床板を叩いた。座れってことか。随分都合の良い夢だ。

辺りを見回しながら、おれは近づいた。やっぱり洋司先輩だ。

ブリーチした短髪をツンツンさせて、シルバーのごついアクセサリーが目立つ。この人はホストらしい、華やかさが好みだった。夢とはいっても細部まで記憶と一致している。再現度が高いな。



「…へえ何、いい感じじゃん、マコト」

「え?」

「いい顔つきだってこと」

「え?いや、よくわからないんスけど、おれ記憶奪われて」

「は?」

「いやでも、おれ一番最初に思い出した人、洋司先輩なんですよ」


 少し童顔の洋司先輩は、リスみたいな目をきょとんとさせて、それからけたけた笑い出した。


「洋司先輩、あの」

「いやあ、ごめん、相思相愛だと思ってよ」

「はあ?」



 今その手の話題はちょっとナイーブなので、反射的にもやっとした。



「おれ、お前のこと探したからさ」

「探したって…え、これ夢っすよね。なんか申し訳ないけど嬉しいっていうか、そうか、おれ神隠しにあったんですもんね。そっちじゃおれってどうなってんのか、全然考えた事なかったな…」



 洋司先輩は考え込むように黙ってしまった。おれを見つめたり、目を閉じたりを繰り返している。こういう人だったかな?

洋司先輩は多少の霊感があるらしく、そういう話は滅多にしないけど、相談に乗っている時があった。そんな時は、いつもくしゃくしゃにして笑う人懐こい顔ではなく、今みたいな、年齢がぐっと上がったような顔付きをしていた。


「マコト、記憶がないって言ったか」

「ああはい。こっちに来て、その、多分悪い奴らに盗られたらしくて。夢だからいいですよね、馬鹿げてるって思ってくださいよ。おれにとっちゃ本当なんですけど」



 それで、おれはこっちに来てから起こったことを話した。最初は何もわからなくて、時々映像や声が聞こえてくること。今いる場所では魔法があること。免許証の写真の自分と、今の自分があまり一致しなかったということ。今どうしているかとか、順不同で聴きづらかったと思うが、洋司先輩は相槌を打ちながら聞いてくれた。

 夢でも嬉しい。


 おれは、誰かにこうして話がしたかったんだ。おれの苦労がわかってくれる誰かに。

日記の先代もそうだ。誰かに聞いてほしい、話したいと思ったはずだ。だから書いたんだと思う。これは、とてつもなくおれに都合の良い夢だ。

 そういえば、洋司先輩ってよく考えたら変な人だ。年下なのに、おれみたいな奴の世話を焼いてくれて、かと思えば霊能者で、かと思えば祭り騒ぎが好きな俗っぽい坊主で。


「…て、あれ、洋司先輩が坊主?」

「ああ?」


 そんなわけないよな、なんだ坊主って。


「思い出したのか。おれが寺の坊主だってこと」

「えええ、そう? でしたっけ?」



 そういえば、高校の時にガンジス川で泳いだとか、チベットで修行したとか言ってたけど、冗談だと思っていた、ような、気がする。


「まあいいや、あとで思い出すだろ」

「はあ」

「なあマコト、おれは結構本気でお前を探したんだぜ。どうなってても見つけてやるって思ってさ。実家の寺に帰って、滝行もして、それで今朝早く本堂でお経を読んでたんだ」

「あ、そうなんですか…」

「でもな、仏さんに言われちまった。一度切りだって」

「え?」



 おれの夢の都合なのに、どうして一度切りってなるんだろう。


「マコト、夢だけど夢じゃない。本当におれと喋ってる。有り得ないって思うだろうけど、有り得ないことはもうたくさん起きただろ?」


 有り得ない、と思いかけたが、おれは今日もらった魔法陣を思い出した。枕元においたあれだ。記憶を取り戻す魔法だと思っていたが違うのか? 誤作動でもしてるのか、試作品だからだろうか。


「おれがあんまりお前を心配してるもんだから、仏さんが一度ならって逢わせてくれたんだ。もっとありがたがれ」



 ははっと歯を見せて笑う。無邪気な顔。小柄で、元気に店を盛り上げてくれる人。かと思えば面倒見がよくて、人との諍いに割って入ってはすぐに空気を変える人。すごい人だと思った。だから、この人が面倒見てくれて、叱りながらも仕事を教えてくれたから、全部素直に聞けた。この人だからだ。


「洋司先輩には感謝してもしきれないんです!本当っすよ。でも夢じゃないってどういうことですか?」

「お前が見ている夢の中に、おれも入れてもらった感じかな。霊的な力が働いてる。マコト、お前の方もなんかしたろ?」


 そりゃそうだ。おれが記憶を取り戻すために魔法陣を置いた。そこで魔力を流したんだ。



「ひと目会えて良かったよ、マコト。いい顔してる」

「いや、そんならおれがすごい魔法を使えるようになったから会えたんでしょ? ならまた会えるんじゃ」

「馬鹿言うな、仏さんの領域だぞ」


 細い眉をキリっと持ち上げた。この顔だ。おれがよく見ていた洋司先輩。


「……おれ、自分じゃ自分のことわかんないんすけど、そんないい顔してますか」

「おれが知ってるマコトより、よっぽどいいよ」

「じゃあおれ、こっちに来た時に別の人間と入れ替わったんですよ」

「だーーーーもう!! 暗い! 発想が暗い!」



 立ち上がって洋司先輩が力説する。



「そうじゃねえよ、あっちにいた時じゃ見られなかったくらい、いい顔してるんだよ。でもお前はお前だよ。時々お前が見せてた子どもっぽい顔、すごいレアだったけど、そういう素直で可愛いところがあるんだよお前は! そん時の雰囲気が今出てるってこと! 大体な、バンドマン崩れのイケメンの面倒見るなんて酔狂にも程があるだろ。可愛げがちょっとあるな~、なんか捨てられた子犬っぽさが若干あるな~って思ったの。じゃなきゃ商売敵を育てようなんてお節介、いくらおれでもやらねえよ」



 言い終わってどすんと座ると、照れているのか頬杖をついてむくれている。



「…もう逢えねえと思ってるから言ったけど、恥ずかしいなこれ…」

「いやおれは恥ずかしさと申し訳なさと居たたまれない感がごっちゃになってるんでおれの方が上っす」

「ははは! 何の勝負だよ!」

「ていうか、さっきバンドマン崩れって」

「そこは思い出してなかったんだな、そりゃそうか」

「え?」

「楽器は弾けるんだろ?」

「あ、はい!身体が覚えてて、なんだか知らないけどすごい嬉しくて、もうずっと何か触ってます。なんで忘れてたかわからないくらい、めっちゃ嬉しいです」



 洋司先輩が眉毛を吊り上げて、どことなく悲しそうな眼で見つめてくる。



「いいな、羨ましい」

「え?」

「こっちの奴らはお前の生演奏聞いたんだろ」

「え、あ、はいまあ。生演奏ってほどじゃないですよ」

「それ言ったら、圭一さんも悔しがるだろうなあ…」

「…っていうのは」

「おれたちは誰も聴いたことないから」


 瞳が揺れる。もう聴けないから、と続くはずの言葉を呑み込んでいるように見えた。


「先輩…」

「マコト、お前の記憶は奪われたけど、自分でも気付いてることがあるんじゃないのか?」

「え?」

「思い出したくないことがある、気付きたくないことがある」



 洋司先輩はまっすぐにおれを見る。やさしい微笑みを浮かべているが、その眼差しは逃げ出したいくらい、まっすぐだった。



「忘れたくて忘れてること、気付いているけど気付きたくないこと。そういうのがあって自然だと思うわ。人間そんなもんだ」

「さっきから何、どういう意味っすか」

「まあでも、おれを一番に思い出したんなら合格かな。おれも安心したし」

「洋司先輩!」


 霧が出てきた。能舞台は奥の松の絵にしか壁がない。洋司先輩の周りにも白い霧がたちはじめる。にっかと白い歯を見せて、先輩は笑った。


「自分で思ってるより、お前は強いよ。とにかく今はいい線いってるってこと!」


 先輩!と呼びかけても返事はなく、そのまま白い霧に呑まれて何も見えなくなった。








やっと出せた!いつも読んでくださってありがとうございます。次回は登場人物のまとめを投稿します。

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