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第二十四話 手紙のように

第二十四話 手紙のように




 その晩、馬車を停めて車中泊になった。

車中泊といっても快適そのもので、騎士や侍従はすぐそばにテントを張っている。おれだけなんだか悪い気もしたが、旅支度について素人があれこれ口出しするほど馬鹿げたことはない。寝心地の良いベッドでありがたく寝させてもらう。階段とテーブル、ソファを挟んで前方はリオネルのベッド、後方はおれのエリアという住み分けになった。


 ぱちり、とベッドライトをつける。

光長石が組み込まれた小さなランプ型で、今、おれの魔力で明かりが灯った。


 自分にも使える魔法があるという気がして、ちょっと嬉しい。ベッドに寝転がって先代転移者の日記なるものをじっと見つめる。

 そしてもう一つ、先ほど渡された小さな魔法陣。薄い半透明の紙のようなものに、青い色で円陣が書かれている。これは、おれの記憶を取り戻すためだそうだ。枕の下に置いて、寝ているときに作用するように、サイゼルとヨギが試作してくれた。

 確かに、寝ているときの夢ってまじないや占いのように、昔の人は信じていたらしいからな。試してみる価値はあるだろう。


 夕飯のビーフシチューみたいな煮込み料理も美味しくいただけて、さあ読むぞと思ったんだが、少し変な気がする。


 ノート、その日記はおれが高校の頃使っていたノートのような、ありふれたものだ。


おれはこちらに来てからというもの、本は別にして、ノート型の物を使っているのも見たことがない。なのに、ここにある日記が、日本によくあるノートっていうのはどういうことだろう。

古びていて、隅に変色が多少あるがそれ以外は至って何の変哲もないノートだ。

 そう、だからおかしいと思う。

何故ならこれはおれの前の、転移でこちら側に来てしまった人の日記だ。おれの先代は二百年前にこちらに来た。二百年前といえば日本は大体江戸時代ぐらいじゃないのか。当時でも綴じられる本の形はあったにせよ、これはどう見てもおかしい。現代日本の文具にしか見えない。

 

 しばらく表紙と睨めっこをしていたが埒が明かない。明日朝起きれなくなっても困るので、えいや!と表紙をめくる。


―――異世界移住記録と後世の誰かへ


 黒いインクで書かれた文字。紛れもない日本語で、綺麗な字だ。


―――これを読むのは僕と後世の誰かでしょう。僕も戸惑っているので、とにかく書いて整理してみることにしました。もしかしたら、役に立つことがあるかもしれないからです。


 そりゃ、戸惑うよな。

書いて整理するっていうのは賢い奴がすることだ。おれは考えるのが面倒になったら放棄する。基本的にあれこれ考えても仕方ない、おれにはそういうスタンスが染み付いているが、今日の生殖云々の話はなんかこう割り切れないモヤっとした何かがあって、胸につかえている。その何か、この感覚をを共有できる人がほしかった。

 

この世界では当たり前と言われても、そんな簡単にはいそうですか、と言えるようなものじゃない。人間が卵で生まれるって言われてみろ。意味わかんないだろ。

意味わかんないのに周りは至って普通という顔をしていて、おれの驚きとか得体の知れない恐ろしさをわかるやつはいない。それで、同じ転移者ならわかってくれるのではないかと、中身を読み進めた。





―――1989年 僕は東京の下町で小さなレストランの厨房で、もう店を畳むとオーナーに言われました。

有名ホテルをクビになった僕を拾ってくれた店です。ここでやっと恩返しができる、軌道に乗ったと思っていたところでした。

 いわれのない風評被害で、その土地を狙っていた不動産の差し金だとわかっていました。

けれど、もう手遅れでした。料理について、衛生面についての根も葉もない噂は、数ヶ月もすれば落ち着くはずだとみんなで説得しましたが、オーナーには、その数ヶ月持ちこたえるだけの貯金がなかったそうです。

 僕が入るまで、赤字の月もあったそうですから、何も言えませんでした。

僕はそれまで書き溜めた、レシピノートを抱えて家に帰る途中でした。




 ふうん、そうか。どうやら先代というのは料理人だったみたいだな。生真面目に、経緯も書いている。そりゃ日記って自由に書くものだよな。


 しかしその時、何かに気付いたマコトの目は、そのページの上から下までを何回か行き来した。

そうして書き出しの部分を何度も読み返す。



―――1989年


 1989、1989だって?たったの十年前じゃないか。それがこちらの世界では二百年前?どういうことだ。でも、おれの世界で、日本で二百年前だったら江戸時代で、江戸時代って多分文字も違うよな。おれが読めるのは、やはりこれが十年前のものだからか?

 じゃあどういうこと? と一旦頭がフリーズする。これだからSFは嫌いだ。

まあとにかく、今は謎のままでいいかな。おれが読めればいい、うん、それで良し。




―――こちらに来てしまって、いきなりお偉いさんに取り囲まれて、男しかいないって言われて、どう思ったと思う。夢かと思ったんだ。


 わかる。お伽噺の世界だよな。


―――魔法を見せられて、渋々納得せざるを得なかった。ところが、この世界の食べ物の美味しくない事と言ったらなかった。素材は悪くない、なのに調理法や調味料が全然なってない。とりあえず僕は、厨房に入らせてほしいと何日も懇願した。



 ははあ、なるほど。そういやトマがなんか言ってたな。先代転移者考案の料理とか、食文化がどうのこうのって。そうか、先代の頃の料理は美味しくなかったんだな。



―――いつかお店に出そうと思っていたメニューや、考案したレシピ、どうやって原価を抑えて美味しくするか、自分のアイディアの殴り書きみたいなものだけど、長年書き溜めた財産のようなノートがとても心強かった。そしてこの日記は、二冊目になるはずだったノートです。それがどうしてか、今こうなっているけど。

 結局何度か試作を繰り返した僕の料理を、警護をしてくれる人や、厨房の人、神祇官という変な服の人に試食してもらった。

 結果は大盛況で嬉しかった。けれど、それだけじゃ終わらなかったんだ。



 字面を追っていると眠気が襲ってくる。いつの間にかマコトは寝息をたてていた。



―――僕の料理を食べた人が、みんな魔力が満ちるって言うんだよ。おかしいよね。



 ごそごそとマコトが寝ぼけながら布団を手繰り寄せる。その拍子にぱたり、とノートは閉じてしまった。そしてぼんやり、青白い光が小さく灯った。







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