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第二十話 バス移動

第二十話 バス移動





 泣きすぎて目元が少し赤くなってしまった。


ジャンに身なりを整えてもらってから自分で鏡の前に立つと、前髪の分け目やら肌が気になる。髭の剃り跡もそういえば無いし、こちらに来てから髭を剃った記憶もないから、おれは脱毛していたのかもしれない。

そういう脱毛などの美容に誘ってくるなら圭一さんか、いや八尋だろう。リップクリームや化粧水を使えとか口うるさかった。確かに、暗い店内とはいえ、唇が割れていたら幻滅だと言われればあまり抵抗はなく、すんなり習慣化したと思う。姉貴の影響もあったんだろうか、そこはわからない。

体毛が薄いのも、こちらでは子どもっぽく見える要因なのかもしれない。


 今日着ているのは綿の白シャツ、首元に紐がついて、それで襟の開閉をするタイプだ。濃い青色の綿のパンツは少し硬くてジーンズみたいだ。シンプルで飾り気がないのが落ち着く。



「なんだかお変わりになりましたね、マコト様」

「そうか?」


 ジャンがいそいそと身の回りの確認をしてくれる。この建物から出るのはあの騎士棟の一件以来初めてだから、それなりにおれもわくわくしていた。


「お体の具合はいかがですか?」

「ああ、早起きしてちょっと眠いけどなんともないよ」

「それなら良かったです。馬車でも寛がれてくださいね」



 馬車には乗ったことが無く、尻が痛くなるんじゃないかと覚悟している。

移動の警備はやたら重々しかった。それはおれが結構狙われている状況で、なんだか金持ちにボディガードが付くのと似ているが、実感はいま一つといったところだ。記憶が取られてなければ、狙われるなんて大袈裟だと笑っていたかもしれない。

まあそれはおいといて、騎士は映画に出てくるような出で立ちでかっこよく、如何にも強そうだった。本当にこれが、映画の撮影だったら良かったな。しかしこの世界には本当に魔法がある。魔法や魔石の話を聞くのは嫌いじゃない。だんだんわかってくると楽しくなることって結構あるよな。ま、考えるより飛び込んだ方がいいだろう。

 もう一度前髪の分け目を鏡に向かって確認した。よし、行きますか。





 ※






「馬車じゃねぇよ……どっからどう見ても」




 おれがやっと言葉にできたのは出発してからしばらく経った後だった。

何やら物々しい門や迫力ある建築、騎士の整列やらもう目が回りそうなくらい色々あったが、基本的におれの周りを騎士たちが固めて肉の壁になっていたので、あまりよく見えないまま、少し緊張していた。


 そうして目の前に現れたのは馬車じゃなくてバスだった。

あれよあれよと乗せられたので驚く暇をもらえず、時間差でまだビックリタイムが続いている。


 どうやったら馬車とバスを間違えるのか。それはこの世界の大人が大きいからだ。地球の規格外。つまり、おれの身の回りのものを大きくできていて、おれは子どもサイズ、もしくは小柄な人に合わせたものを使っている。ベッドもキングサイズだと思ったらあれは標準だといわれる始末だ。

 馬車と聞いたのでシンデレラのかぼちゃの馬車ぐらいかと思っていた。だが目の前にあったのは、ロンドンの街中を走っている二階建てのバスに近い。中に入ればキャンピングカーのような作りになっている。はっはーん、ジャン、やるな。十分寛げるように出来ている。いつの間に発車したのか、ほとんど揺れを感じない。



「お気に召したかな?」


 リオネル殿下が何やら書類を読みながら少し顔を上げる。色気が増している気がするが、それはいい。おれはまだこの馬車という名のバスに圧倒されている。


「驚いてる」

「そうか、貴族の馬車はこういうものだよ」


 リオネルは、今は特別に四頭の馬で引いていると教えてくれた。平民が使う辻馬車は、これより少し小さく、乗り合いができる作りだそうだ。

 遠近感が狂っていてよくわからなかったが、これなら馬も相当大きいだろう。というか、ジャンの身体の大きさを考えると、おれの知っているサラブレットでは足が潰れてしまうだろうな。

見回した馬車の中にはベッド、ソファ、小さなテーブルがあり、離宮の部屋よりは確かに狭いが、これだけあれば十分だった。そしておれが嬉しかったのは、リオネル殿下が楽器をたくさん運び込んでくれたこと。出発前だったのに、サイゼル殿下が伝えてくれたらしい。

 借りが出来たようでなんとも居心地が悪い気がするが、今はその楽器が楽しみで仕方なかった。トマから先代転移者の日記をもらったが、それは寝る前にしよう。



 楽器は見た目が良いものや珍しいものを買い取り、調度品として部屋に飾ってあったそうだ。おれは楽器の小山から小さな笛と、オカリナのような土笛を見つけた。

 小さな横笛は高い音で、祭囃子に聞こえてきそうな軽快さがある。音階はそれほど広くないので、曲は単純なものがいいだろう。みんながピアニカで練習したような、可愛いやつだ。


 しばらく横笛で遊んでいると、リオネル殿下の視線に気づいた。何だ? というように見返せばリオネル殿下は目元をくしゃりと皺を寄せて微笑む。


「音曲を聴きながら馬車の旅ができるとは思っていなかったよ。とても優雅な気分だ」


 ダイレクトな誉め言葉にちょっとにやついてしまった。

楽器のお礼のタイミングも掴めなくて、少し面映ゆいというか、かゆい所に手が届かない気分だ。優雅って曲でもないのに、なんでこの人はこんな顔をするんだろう。というかそういう顔できたのか。警戒心のない、かといって仮面でもない少年みたいな顔。



「サイゼルと魔力の相性が良かったようだね。昨晩の同衾」


 ぴょろっと音が飛んだ。同衾、て言い方も言い方だ。当のリオネル殿下はなんとも涼し気な顔をしているが、口の端が僅かに上がっている。この野郎、からかいやがって。


「……魔力の相性って?」


 こちらが黙ったままだと、また金の巻き毛の中年がろくな事を言いそうだったので、丁寧に話に乗ってやる。絶対いつかこいつに仕返ししよう。

すると姉貴の声が聞こえた。



―――マコ、喧嘩は極力すんな。ちょっかいかけられたらかわせ。それでもやってやるっていう時には徹底的にやれ。いいか、絶対だぞ。二度と逆らう気が起きないように、一撃で決めろ。


 拳を固め、腰を落として指導する姉貴の本気の顔。そうだ、そうしよう。

姉貴がおれにしたことで最もマシなのがこれだと思う。やるなら一撃で、二度と歯向かってこないようにだ。

おれはリオネルのにやついた顔を見ながら、胴回し回転蹴りの動きを反芻した。







毎日じゃなくてもコンスタントに投稿できるよう工夫してみます。さてさて、ここから大きく場面が変わっていきます。お楽しみいただければ嬉しいです。

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