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第十八話 傷と鍵Ⅳ

第十八話 傷と鍵Ⅳ




 カーテンの間からわずかに差し込む光、まだうす暗いから早朝かもしれない。鳥の声がする。

なんだろうこの香り、前のとは違うけれど良い匂いだ。スパイスみたいな、ぬくもりを感じる。あったかい香りが気持ちよくて、おれはしばしまどろんでいたが、ようやく目を開けた。


 目に映った天井はいつもと違う部屋だ。昨日あの後、よく覚えていないが介抱されてそのまま寝たからだろうか。隣に体温を感じる。ん? 体温ってなんだ。



「…サイゼル」


 白髪の頭、褐色の肌の生意気王子がおれの隣で寝ている。どういう状況かわからないが、こうして並ぶと改めてすごい胸筋だとわかる。嫌でも比べてしまうので、鍛えたらおれもこうなるのかと考える。日課の棒振りとおれは呼んでいるが、ジャンに簡単な剣術を教えてもらっている。まずは剣を振る筋力がないので、木刀のようなものを数十回振る。それだけでも全身運動になった。

 もぞり、とサイゼルが動いた。いや、待ってくれ。おれはもしかして一晩こいつと寝たのか。起きたばかりで頭が働かない。


「起きたか、マコト。どれ」


 手を額に当てられる。


「魔力切れは起こしてないな」

「魔力ってこうやって計るの?」


 寝起きのサイゼル殿下は機嫌が悪そうに眉根をしかめた。いやでも今の風邪ひいたときの感じだったから…そんな睨まなくても。


「お前が倒れたから、口移しで魔力を流そうと思ったが」

「は? なんて?」

「だから口移しだ。それが応急処置だからな。それで、止められたから一晩肌を合わせることで魔力を送った」

「肌を合わせ……」



 頭を使おうと思うが、本能が否と言っている。


「はっはははは」


 思わず笑いが出た。神様、おれの服はどこにいきましたか。間違いなく、おれの肌は直接ベッドシーツの柔らかいのを全身で感じている。そして、隣のサイゼルの体温も直接感じている。ということは答えは一つ、おわかりいただけただろうか。

 大きく息を吸って、吐いて、吸って、せえの。


「マッパかよ!」

「……大声でなんだお前は。」


 むくりと起き上がる白い頭。白いシーツに映える褐色の肌はなまめかしく、肉体美をこれでもかと教えてくれる。ありがとう大サービス、じゃねえよ。



「…口移しで魔力を送るのが普通なのか…」


 当たり前だ、と言って起き上がる。見ちゃった。見たくもないけど良いお尻をなさっているサイゼルは、手近にあったバスローブをさっと羽織って水を飲んだ。

 男の尻、朝から男の尻。いやそうじゃない、待てよ。あいつだって気を遣って口移しをやめてくれたんだろう。あれ、止められたってことはみんな知ってるのか。



「羞恥プレイオプション…」


 今大事なのはそれじゃない。脳内の交通渋滞をなんとか隅っこに片づける。だから、口付けっていうことはキスってことで、それで魔力を送るっていうのは、応急処置で、それってつまり緊急事態だったってことで、うーんと、人口呼吸! そうか人口呼吸をしてくれようとしたんだな、おれが倒れたからな。そうかそうか、そうだよな。


「見たか?」

「え、ええ……」


 サイゼルが戻ってきてどっかりベッドに座りなおす。やめてほしい。いくら手当だったとしてもこの絵は、その、朝のワンシーンだ。



「今日から大公領へ向かう、まだ寝ていろ。おれは、こういうことになるから外へは出ない」


 こういうことってなんだ、とおれが首を傾げてサイゼル殿下を見上げると、彼は鼻でせせら笑った。


「こんな醜いものを、見た事ないだろう」

「醜い?」


 あのお尻?いや大胸筋?待て待て、脳内再生するなおれ。


「消えないんだ。何をしても」

「はあ……何が醜いのかよくわからないけど、助けてくれたんだよな、ありがとう」


 まだしかめっ面で睨みつけてくる。仕方ないなコイツは。



「ありがとうございました!」

「そうじゃない。…醜いだろう?」

「起き抜けにこんな話は勘弁してほしいのですがお尻ですかお胸ですか」



 感情をできるだけ消し、一呼吸で言い切った。上出来だ、よくやった。


「……見てないのか?」

「だから何を」


 言うや否や、サイゼル殿下はばっとバスローブを寛げ、背を向けた。


「……え?」


 背中のあちこちに、裂傷の跡がある。火傷のように引き攣れた箇所もあった。それはもう、全面に。


「サイゼル」


 すぐにバスローブを羽織りなおしたが、サイゼルはおれに背を向けたままだ。


「そのうち知らねばならん。誰かが言う、と思っていたが……違うだろうな……」


 大きな背中が、力なく見えた。







お読みいただきありがとうございます。なかなか手直しに時間がかかるので、もう少ししたら隔週更新になるかもしれません。

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