第一話 ジアンイット王国
第一話 ジアンイット王国
ええ、その、あの、すごい凝視をされている。
目が覚めると、どこからともなく男が現れ、飲み物やら洗面やら世話をされ、温かいスープが出された。
「いきなりお食事では負担になりますから、まずはこちらをどうぞ」
コンソメスープだ。うまい。どこかのホテルの朝食みたいだ。
表情で伝わったのか、世話をした男はにっこり笑った。笑った顔は可愛いな。やっぱり外国人みたいだけど、日本語がうまい。身体はめちゃくちゃ鍛えているのか、でかい。とにかく分厚いし、でかいし、肩なんてメロン、いやスイカくらいあるだろう。おれも背は高い方だが、かなり圧倒される。でも顔は可愛い。ゴールデンレトリバーみたいな、人懐っこさを感じる。
それからあれよあれよと人が入ってきて今に至る。昨日の天使、リオネルさんもいるが、見たことない人もいる。そして、すごく見つめられている。なんでだ。
「お、おっはー」
沈黙と凝視に堪えかねて渾身のギャグをねじ込んだが不発。おかしいな、夜の街じゃそれなりにウケたんだけど。
「おっは?」
「いやなんでもないです」
天使さん、傷口に塩、塗らないでもらえるかな。
「マコト。気分はどうだい。」
「はあ、まあまあっす。」
リオネルは手を組んでにこにことしている。だが、なんというか、顔も雰囲気も良すぎて詐欺師みたいだ。同業者だったら負けてる。いや、年齢は確かに感じるけど、そこがいいってお客さんは言いそうだな。ん? 同業者って? なんだろう。なんだっけな。
「今日は君と僕らの話がしたいんだ。聞いてくれる?」
「はあ」
ちょっと腹減ってきた、とも言えない。そう思ったら世話をしてくれたデカマッチョレトリバーがサンドイッチを出してくれた。やった! お前いいやつだな!
天使さんを見ると、やはり微笑んでいたので食べながらでいいらしい。一口サイズに切られたサンドイッチをほおばり、紅茶っぽいお茶で流し込んだ。なんだか高級な味がして食べなれないが、空腹は最高のスパイスだな。うまい。
「お口に合ったかな?」
「はい、それはもう」
ちゃんと口の中のものは呑み込んでから返事したぞ。意外とこういう礼儀に家族は厳しかった。それは独り立ちして役に立ったから感謝している。
「君の前の、先代の転移者が教えてくれた料理でね。我が国の食文化はこの二百年で大きく変わった」
「うん? おれの前? 転移者?」
そういえば、ずっとその言葉使ってるよな。翻訳がちょっと変になってるんだろうか、日本語のニュアンスは難しいと聞いたことがあるな。
「そうだよ。マコト、ここは日本じゃない。君はこの世界に転移してきた」
「うん?」
しばらく沈黙、おれは天使が歳を重ねてナイスミドルになったような人、リオネルさんと見つめ合っている。リオネルさんがにこりと笑う。おれはそばにいたゴリラみたいなゴールデンレトリバーを見上げる。にっこり。
「え、えくすきゅーずみー、あいあむまこと、ふろむじゃぱん」
中学教科書英語、じゃだめか? 通じない? 英会話わかんねーよくっそー。
「埒があかん」
リオネルの一歩後ろで偉そうにガン飛ばしてくる褐色肌の男。うおおすげえ筋肉で谷間できてる! 髪の毛真っ白!
「サイゼル殿下。大公殿下。件の魔術式を見たところ、やはり記憶封印の魔法でした。この禁術、どうやら過去に使われた際には、精神面でも影響が出ると……」
「記憶が抜けた分だけ、子どもということか?」
「それはそれで厄介なことだ」
褐色の肌の男と、厳めしいインテリヤクザと暴走族の中間みたいな人が何やら話をしているけど、それどころじゃない。なんでみんなこんなに身体が大きいのだろう。インテリヤクザと暴走族を足しっぱなしにした人の体格は逆三角形で、片方だけの眼鏡をかけている。あれだ、ほらこの前テレビでやってた、シドニーオリンピックの水泳の選手!あんな感じだ。逆三角形の上半身にすらっとした手足がまんまだ!
「言われてみれば彼の受け答えには少し幼さを感じるな」
「なら余計にこの方が良い。おい、さっさと窓の外を見ろ」
おれは褐色肌の人に引っ張られてよたよたと窓に寄った。まぶしい日の光、どこか洋風な建物や噴水、木々の緑が生い茂っていて、やっぱりまぶしいな。そりゃそうか、太陽が二つもあれば。うん? 太陽が二つ?
「あまり凝視するなよ、目が悪くなるから」
お母さんみたい! じゃない! 太陽が二つある!
ここは、ここはどこだ? おれの頭がおかしくなったのか?
「ようこそマコト、ここはジアンイット王国。君に会えて嬉しいよ」
振り返ると、あの詐欺師みたいに張り付いた天使の笑顔。
「が、外国って太陽が二つあるんでしたっけ?」
「君がいた世界とは、違う世界に来たんだよ」
「おれ、SFわかんねえ!」
ノストラダムスの大予言は当たった。おれ限定? そんなまさか。