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第十七話 傷と鍵Ⅲ

第十七話 傷と鍵Ⅲ




 マコトが泣き出したので一旦休憩。夜食を取りつつ明日以降の打ち合わせだ。別室に用意されたサンドイッチを頬張り、ムース茶を一口。やはりここの茶葉はレベルが高いな。良い品を仕入れている。





「本当に、お屋敷を直接目指さなくともいいのですか?」

「大公領の領民を安心させたい」

「では寄る町はエッグヘンでよろしいですね。手前に村がありますので。このルートで」

「仕掛けてくるかもしれないからね、頼んだよサイゼル」


 もう一口、ムース茶を飲んでからティーカップを置いた。



「当たり前だ。あの近衛騎士もなかなか使える。馬車に防御魔法と反射盾をつけた。そうそう破れない。そのまま崖から落ちようが、川に投げ出されようが、中にいれば大事ない」




 野営ができるよう荷物は多く、そして馬車も貴族用で大きいが問題ない。魔石とおれの術式で通常のものよりかなり強固になった。

こういった魔法陣は特許申請をしないし、出来ないようになっている。売り物にしてしまったら、軍隊や警察機構の邪魔になる可能性が高い。

 悪用、転用されては困るので、ひっそりと私用するものだ。


それ故、おれが魔法術式の天才だと大陸から注視される。おれのような魔法陣を作れる学者は少ない。おれが生み出した魔法陣によって警備レベルも効率的な戦法も変わる、国力といえる。つまりはおれがこのジアンイットの国賓として長く滞在するのは国益になっているというわけだな。


 それだけおれも、魔法陣の取り扱いには慎重だ。無二の信頼がおけ、理由がなければリオネルについていない。



「改めて言うまでもないが。我々以外誰も信用しないでくれ」

「当然だ。そもそもおれを見て近づきたいとも思うまいよ」

「…サイゼル」

「村や町でも、今と同じように籠る。取り調べに力を貸せない分、ヨギが頼りだ」

「殿下、ご期待に沿えるよう努めます」

「ヨギ、森の民とは連絡が取れるかな」

「いつでも、大公殿下。この騒ぎを知って、私の親族たちも大層腹を立てておりますれば」




 ヨギはそういうが、森の民は政治には不干渉を貫いてきた。味方は多くない。楽観できるような状況ではなかった。


「さて、ではマコトにもうひと働きしてもらおう」



 リオネル殿下が立ち上がって、襟をのばして上着を整える。彼の癖だ。

明日以降、マコトがしばらく動けなくなってもやり通すつもりだ。おれは反対しない。そうであるべきだ。泣こうが喚こうが、あいつは前に進まなければいけない。




  *





「泣き虫め」

「うるさいぞほんと」




 サイゼルは部屋に戻ってくるなり悪態だ。腹が立つ。いつか黙らせてやるんだからな。


机の上の箱に残ったのは、革の財布だ。これも黒い革だ。クロコダイルだろうか、なかなか良い趣味だと思うが、こっちはいただけない。

 財布にくっついていた、銀色のチェーンをつまみ上げる。



「だっせ……」



 服はいい、靴は手元にほしい、だがこれは残されたら末代までの恥だ。修学旅行のお土産で買ってしまうピカピカした剣やドラゴンがデザインされたキーホルダーくらい嫌だ。


「これは処分してほしい……」

「そんな、転移者さまの物はすべて神霊院の保管庫に眠ることが」

「勘弁してくれ」



そんなことをされたら、と想像したら気が遠くなる。もちろんこれだってブランド品だが、おれはすぐさま質屋で売ってしまいたかっただろう。

 仕方なしにいやいや付けていた。そんな気がする。



「まあまあ。そっちの革の袋はなんだい?」

「財布」



 財布の中身を開く。現金は少ないがポイントカードがいくつかある。それを全部テーブルの上に出してみた。


「……不二杜真。ふじもり、そうだ。おれの苗字、全然読んでもらえない漢字で」



 よく「不二社さんですか?」と会社名に思われてた。病院の受付が一番多い。酷いときは「不二社員さま」だった、本当に嫌だったなあ。ふじもりまこと、そうそう、この感覚だ。



「それはなんだい?」

「ん?」


 リオネル殿下が指さしたのは、運転免許証だ。そうか、顔写真はこっちにはないんだな、と思いながら手に取って見てみる。不二杜……え?


「……誰だ、これ」



 写真は確かに黒い髪のおれだけど、顔が違う。おれはこんなんじゃない。おれって整形手術でもしたのか? 店に来る女の子みたいに。

 呆然としていると、サイゼルが手元を覗き込んできた。



「ふうん、よく出来ている姿絵だな」

「絵じゃない、写真だ。ちょっと、ちょっと待てサイゼル。よく出来てるって、お前にはおれがこう見えるのか?」



 サイゼルは首を傾げる。リオネル殿下に免許証を渡した。



「その写真、おれですか?」

「僕には君にしか見えないが…」


 リオネル殿下はトマやヨギにも見せた。二人とも感心するように頷いた。


「ジャン、鏡、あるか?」


 おれは、自分でも自分の声が震えているのがわかる。


「え、ええ。こちらのバスルームに大きなものが」


 ジャンの示す方に向かう。足取りはいまいち、実感がない。

石造りの風呂場に入ると、大きな横長の鏡を見つけた。金色の装飾で縁取られ、腹から上が映される。


「これが……」



 鏡に近づく、指をゆっくりと伸ばすように。

整形はしてないと思う。面長で少し色白、日本人らしいような、外国の血も入ってそうな目鼻だち。おれの身体と中身は別物なのだろうか。

 いや、目の色、目の形、これは見た事がある。



―――マコ、お前こらあたしのプリン食っただろ!



 いつか聞いた声。顔が見える。ショートカットの髪にセーラー服。高校の空手部帰りの姉貴だ。姉貴の勝気な顔つき、あのときの目に似ている。


 おれの記憶より、おれの顔が大人というか、老けているのかもしれない。まっすぐとした眉毛は手入れをしてこの形になった。

眉と目が近い、鼻筋は通っていて顎が細い。首は思っているより太い気がする。伸ばした自分の手をよく見れば、節くれだっていて血管が浮いていた。これがおれの手か? こうではなかった気がする。




「……不二杜真、二十六歳」




 鏡の中の自分に言う。別人がそう言っているように見えた。

その響きは空っぽで、鏡の中のおれも驚いている。




―――マコ様まじイケメン。

―――ハーフなの?

―――お前んちの姉ちゃん、結構かわいくね?

―――ずりいよな、お前はその顔で客集めができて。


 また色々な声が聞こえた。すごく不愉快だ。そんなこと言われて嬉しいと思うかよ。いや、おれはこうなりたくてなったのか?



「マコト様?」


 後ろからジャンの声がする。鏡の中のおれは、顔色が悪い。胸がむかついてきた。

そのままその場で、胃の中のものを全て吐き出してしまった。








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