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第十五話 傷と鍵Ⅰ

第十五話 傷と鍵Ⅰ




 集まりは静けさの中始まった。口火を切ったのはサイゼルだ。


「おれとヨギの調べでわかったのは、敵には学者がいるということ。無論、中央神霊院の内部にも一味は潜んでいるが、その神祇官は手先にすぎんだろうな。実行犯とは言い難い」



身内に裏切り者がいるというのは、ヨギ神祇官からしたら嫌な話だろう。しかし、魔法陣を書き換えるという大仕事ならば、そう考えるのが妥当といえよう。

 そのヨギが続ける。



「先日トマ様より聞かれました、転移者さまの日記ですが、やはり申請用紙が滞っていました」


 この前マコトが頼んだという、先代の転移者の日記。およそ二百年前に転移した方で、この国の食文化を大きく変え、木立が枯れる『白枯れの奇病』を治された方だ。


「やはり、遅いと思ったら」

「今急ぎ用意しています。もうじき届くかと」



 誰が書類を止めていたか、ではなく、誰かがそこに潜り込ませた。

わかりづらくするだけでいいから大した手間ではない。敵も身元が割れるようなことはするまい。仕事ができない奴はどこにだっている。その状況を上手く利用するだけだ。


つまりはサイゼルを含む、我々の予想を裏付ける出来事なわけだ。



「学者、という根拠は?」

「まず、魔法陣の術式は素人には扱えない。これはわかるなマコト」

「あー、えっと、プロの人がいるって話だよな。おれの世界の科学者とか発明家にあたると思う。パソコンとかゲームとかの中身って全然わからないから」



 マコトの話では、こちらの魔法や魔石の文明に代わって機械文明というものがあるそうだ。生活が便利になり、誰でも使える道具がいくつもあるが、内部構造は複雑で素人にはわからない仕組みだという。

 魔法陣は確かに、我々の生活に欠かせない便利なものだ。それを町の魔法ギルドが窓口となり棚卸をしている。例えば家具に魔法陣を組み込みたければ、家具職人が魔法ギルドに魔法陣を買いに行く、という流れだ。


「それでおれは魔法陣の特許を数多持っている。いいか、おれはリオネル殿下に世話になっているが、自分の逗留費用は自分で出している」


 トマが頷く。

本人の自負は間違っていない。あの歳で魔法陣の特許を取るなど、一つでもあれば天才児といわれるだろう。それを彼は何年も前からやっている。平民なら一生遊んで暮らせるだけの金子は既に特許料で稼いでいるのだ。



「それで? 特許とこれがどう関係あるんだ」

「いいか、新しい魔法陣を開発し、売り物にする。これはセンスだけではなく、いかに単純化するかが問題なんだ」


 魔法ギルドに何人もの『魔法陣パタンナー』がいる。彼らが人気のある魔法陣を、見本を見ながら幾つも製造していくというわけだ。


「…ううん、つまり、デザインをするのがサイゼルで、作るのはお針子みたいな?」

「お針子か、面白い喩えだが良いだろう。そうだ、あまりに複雑すぎるのはコストが上がる上に本来の役割である“魔力の温存”にならない。いかに消費する魔力を少なくし、作りを簡単にするかが魔法術式の真髄だ」


「やっぱ洋服みたい…いや、機械でいうところの省エネ?そういう感じかな」


 マコトがしきりに頷いている。こちらの文化に対して、拒絶するような素振りもなく、混乱もしていないようだ。いい傾向だな。



「だから、この転移式の魔法陣を書き換えたやつは術式に詳しい学者で、自分の現状に満足していないナルシストだ。不満を抱えている」

「なぜそう思う?」


 僕が聞き返すと、得意げに笑った。


「とんでもなくナルシストで変態、自分の力を試して、敬意を得たい。だから見せびらかした。転移式という場で、大胆不敵だ。それに何より、この術式の作り方がいかにも『おれはすごいから見てくれ』って言わんばかりだ」

「…そうなのかい?」

「素人目にはわからんだろうが、こう…」

「ゴテゴテとした装飾があるんです、この辺りとか」



 ヨギ神祇官が付け加えると、そうだとサイゼルが大きく頷く。



「普段からこんな不要な装飾ばかり付けた魔法陣を作ってるなら売り物にならん。特許も取れないだろう。自分の術式は芸術だと思い込んでいる傲慢な自信家だ。転移式は読み解けたし、自然に逆らう記憶封印の術式も考え出した。それなりの実力はあるだろうな。でも馬鹿だ」



 サイゼルは辛辣にまくし立てる。

事実、同じ魔法術式のプロとして腹が立つのだろう。


僕は机の上に広げられた魔法陣をもう一度見る。専門家のお陰で手札が一つ増えた。

この書き換えられた魔法陣も、本来ならすぐさま掻き消えるはずだった。それが転移者に異変があった途端、国王陛下である兄上が『状態保存』の魔法をかけた。僕と打ち合わせしていたからだ。兄上ならその魔法をかけても立場上違和感がない。


しばしその場にいた者は皆、外へ出られず、魔法陣も消えなかった。本来なら証拠隠滅といきたかっただろうにな。


 そして神霊院の院長やヨギを含む数人の神祇官、サイゼルがその魔法陣を複写した。僕はマコトを抱き留めながら『神眼』で注意深く周りを観察する時間ができたわけだ。おかげで今こうして、複製品から足跡を辿り、大きく前進した。



「……トマ、良い話だ」

「ええ、すぐに大学の関係者に連絡してみます」

「人物像も正確にな。僕もサイゼルが言ったように、大変な自信家だと思う」


 僕の言葉にサイゼルはご満悦の表情だ。彼も自信家だが、その実力は折り紙付きだ。


「でも実力を認められず、強いストレスを抱え込んでいる。そのせいで陰気に見えるだろうな。学者なんてそんなものだが」

「過去二十年ぐらいの学生も候補になりますね」

「その通り」



 トマは一度退室する。


「この学者、今頃焦っているか、問い詰められているかもしれんな。マコトの記憶封印は完全じゃない」

「そうだね。ジャン、あれを」




 ジャンに運ばせたのはマコトの私物だ。今からその学者を探し出しても、マコトの記憶を閉じ込めた“何か”が見つかる可能性は低い。学者本人が保管していない場合も考えられる。向こうの切り札のようなものだ。

ならばこちらから、既にあふれ出し、主人のもとへ戻ろうとする記憶に、記憶を求める体にアプローチする。


 箱に入れられ、神霊院で管理されていたマコトが着ていた服だ。







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