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第十四話 殿下の盤上遊戯

第十四話 殿下の盤上遊戯






「おい頼むよアスクード」

「こちらこそお願いしたい。あの神子を一晩貸してくれ」

「まだ神子じゃない」



 離宮内の一室で、大公殿下は大層ご不満な様子だ。これまでが殿下らしくなかったので、こういった、くつろいでだらしのない殿下を見られて嬉しいというのは黙っておこう。絶対つけあがる。

 テーブルのチェスを挟んで、アスクード伯との言い合いが先刻から続いている。


「さっき勝たせてやった」

「実力だよリオネル殿下。なあどうだろう、そろそろやめたら?」

「何を」

「復讐。いや、君の復讐に燃えた瞳はいいがね、もう何年になる?」


 リオネル殿下は自分の頭を押さえて、大きく息をする。表情は手で隠れて見えない。



「復讐をやめたら眠れるようになるさ」

「……毎日快眠だ」

「ああ、神子が来てから調子が良さそうだ」



一見駄々をこねているようだが、私には今のは聞き捨てならなかった。

殿下の状態に気付かなかった? それなのにこの変人アスクード伯は気付いた?

一体いつから、いや、毎日見ていてわからなくなっていたのかもしれない。一時期の殿下よりは余程ましになったのだから。


そうして自分を慰めるように思い出していく。私は乳母子として、主人としてリオネル殿下を見ている。だから、私が気付かない殿下の綻びをこうして伯爵が見つけられたのか。

今、リオネル殿下がありのままをさらけ出しているように、昔からアスクード伯が、リオネル殿下を対等に見て、その本質を引きずり出していたとでもいうのか。



「君は賭け事が好きだと思っていた」

「好きさ。君に賭けよう。だがそれは臣下としてだ。友としては反対したい」



 灰色の温度のない瞳、薄い唇、ほとんど動かない表情が彼を薄い膜で包んでいる。そんな雰囲気のアスクード伯が、少し人間らしい物言いをした。

 リオネル殿下は座りなおして向き合った。


「君は面白がると思った」

「あの問題の転移式を見れば考えも変わる」



 リオネル殿下がルークを動かす。視線を離さず、アスクード伯がビショップの駒を進めた。


「なあリオネル、復讐は君を蝕む。理解しがたい連中を理解しようとするのも、君自身が変わっていくようだ」

「ああ僕は変わったよ。少しまともになった」

「そこだよリオネル」


 アスクード伯は持っていたグラスの酒を少し舐めると、哀愁が増す。それでもリオネル殿下はやめない。


「国や王家のためが僕自身のためになる」

「害虫駆除はしてもキリがない、どこかで互いに痛み分けにしたらどうだ」

「……平行線だなアスクード、チェック」


 殿下のナイトがクイーンを捉える位置に来た。ここまで来たら勝負はもう見えている。あと三手あればキングにチェックメイト。ここでクイーンがナイトを取っても、その隙にルークがキングへ直進できる位置に行く。アスクード伯は意外だったようで、両手を挙げながらも不満気だ。



「わかった。君に何かあったら神子含め、君たちを匿う。トマの家族も」

「…殿下!」


 一体いつそんな話になったのか。私を安全圏に置いてどこかへ行ってしまわれるなんて、有り得ない。急にこんな、置いて行かれる話など、血が逆流しそうだ。



「ほら、腹心というのはこういうものだよ」


アスクード伯は呆れるように言った。


「殿下、私たちスーレン一族と、王家との繋がりをお忘れだとは思いませんでした」

「僕の一存だ。君ならマコトを守れる。君の家族はアスクードに保護してもらえれば、君は最後まで遂行できるだろう」

「殿下。もう一度ここで忠誠の誓いを致しましょうか」



 大公殿下にやれやれと溜息をつかれるが、こっちの身にもなってほしい。


「二度とそんなことはおっしゃらないでください。家族はともかく、私は別です」


 わかったわかったというように手でいなされる。正直臍を噛む思いだ。



「恨んで出るよ、これは」

「そうだろうな。ではついでに、君が個人的に親しく好ましいと思っている人物と、嫌いだと思っている人物をリストアップしてくれ。国内外、身分を問わず」

「……何故そんなものを」

「直感は信じる価値がある。他ならない君の直感だ。僕を助けてくれる」




 余裕のあるリオネル殿下のお顔に、私は少し違和感を抱いた。そうか、なるほど、さっきの話は釣りで、こっちが本題だな。

心の中で溜息をつく。

私を軽んじるような真似をしておいて本当にふてぶてしく憎たらしい。今はアスクード伯にわからないよう、拳を握りしめて我慢をする。忍耐がこの二十年近い歳月でどれほど身に付いたことか。


 アスクード伯は立ち上がり扉に手をかけた。振り向かずにこう言う。


「神子を一晩だ。そこは譲れない」

「……無理強いしないでくれよ」


 振り返って皮肉めいたように片方の眉を吊り上げる。


「僕を誰だと?」


 伯爵は襟元を正して退室した。久しぶりに見たな、あの不良中年の表情と気障な動作。


「マコト様への説明はご自分でどうぞ。私は絶対に、絶対に助けません」


カウチの殿下を見下ろしながら伝えると、殿下は一瞬きょとんとした。



「……もしかして怒ってる?」








遅くなりました。書き溜めたものの校正が細かく、でも見直したい。くうう。

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