表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
140/143

第十九話 公園の白昼夢



 この精霊樹という生きた墓に、誰かの魂が寄ってくるのか。風の中を漂い、時折親しかった者の顔を見に来るための、道標がこの大樹なのだろうか。

ここで祈りを捧げた人は、来た時よりも穏やかな顔をして帰っていく。


マコトは、ディアメの関税の一件で、初めて姉に話しかけた気がした。

今までとは違う。

これまではただ自分の怒りの記憶として、ドアの向こうに追いやっていた。思い出が蘇っても、「姉貴、どうだ元気か? おれはまあまあ、異世界に飛ばされても元気」なんて軽く声をかけようなんて発想すらなかった。



「リオネル、ちょっと弾いてっていいか」

「ああもちろん」



少し離れた木陰にある、ベンチにマコトは腰かけた。

楽器を弾くときはリオネルもその手を離してくれる。

金の巻き毛の中年男は、気障な台詞や動作も自然とやってのけるけれど、今日は場所が場所だから控えめらしい。


そのリオネル大公はごろんと横になって、伸びと欠伸をするとスウスウと整った呼吸をたてはじめた。元の身分を考えればちょっとおかしな光景だが、確かに公園の芝生って寝っ転がりたくなるな。

リオネルがこんなところで急に寝るのは、おれの手を握っていた日から寝不足だったということで、トマも大目に見ているのだ。

おれは日傘を手離し、少し後ろにいたトマから弦楽器を受け取った。



 一曲目は、前にリオネルに聞かせた「the Rose」

おれは、やっぱり祈ることに慣れてなくて、うまく言葉が出てこない。

だから人の言葉を借りる。

「the Rose」の歌詞は、精霊樹に集う人々に合う気がした。


二曲目はおれの大尊敬する、憧れの人。忌野清志郎の曲として知られているかもしれない。

本当はアメリカのバンドのカヴァーだけど、訳詞は清志郎が担当した。


この「Day Dream Believer」は、清志郎と相性が良かったのだろう。誰もが口ずさめるポップなメロディなのにどこか切ない。

マコトは少しテンポを落として、バラードのように歌った。


これは清志郎が大人になるまで知らされなかった、実母への想いがあるという。

ただ何も知らずに楽しんでも良い。これは音楽だから。ただ、歌詞の“彼女”をどう取るかで意味がガラっと変化するんだ。

繊細で夢のようなひと時、それでいて良い思い出には聞こえない。おれも昔は、ただひたすら“彼女”を呼ぶ理由がわからなかった。



―――彼女は どこにもいない

―――ずっと夢を見て いまもみてる


 写真の中で微笑む女性。白昼夢という、清志郎の言葉には育ての親の愛情と、今まで見てきたものは何だったのかという戸惑い。

 信じていたものが覆った時、人は怒るかもしれない。

けれど偉大なミュージシャンは、胸の内に溢れるものに形を与えた。


揺れているような、同じコードの繰り返し。メリーゴーランドに乗り続けていると錯覚する。これが起きて見る夢だと気付いたけれども、メリーゴーランドに乗り続ける。

やさしい嘘を受け入れ、カラッと心地よい。


 どうしたらこんな風になれるんだと、静かに胸打たれたことを覚えている。


 精霊樹、エミレの精霊樹の前には、墓石も碑文もない。

死んだら人は人、みんな同じ。悪人も善人も金持ちでも貧乏でも、血縁があっても、なくてもここに辿り着く。そして生きている者はもう会えない人に会う夢を、この穏やかな公園で見るのかもしれない。



 その時、一人の男が近づいてきた。帽子を目深に被り、洗いざらしのシャツに皺の目立つ中年くらいの男だ。

参拝の帰り、おれの音に誘われたかというようにこちらに来る。

後ろでトマが少し警戒していた。


 おれの顔は薄布の目隠しで見えない。

おれは変に態度を変えても仕方ないと思って、そのまま歌を口ずさむ。


―――ずっと夢みせて くれてありがとう



「……話しかけても、よろしいですか」


 しゃがれた声で、男が言った。



「……どうぞ」


 マコトは一度だけ手をとめ、答えるとまた弾き始める。今度はメロディだけをゆっくり繰り返した。


 男は何故かその場に膝をつく。

そのまま座り込んでしまった。

リオネルも昼寝を装いながら、片目でちらりと男を見やった。


帽子の下、布を巻いて右目を隠している男。


 まさか、そうなのだろうか。

平静を装い、考えを巡らせる。



“一つ目のダグ”

手先が器用な彫り物師。大工仕事ができ、怪しげな裏社会とも繋がっているような男。

それがこんな、真昼間の公園で。


 探し物は、案外向こうの方から歩いてくるのかもしれない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ