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第十八話 精霊樹




 気温がさらに上がってきた。まだ風が春のやさしさを連れていて心地良いが、これ以上陽射しが強くなったらこちらの世界の夏になるのだろうか。爽やかな風が吹いてくれるといいが、日本のように蒸し暑いのか、それとも梅雨があるのか、そもそも夏至はいつなんだろう。


 それとは反対におれの身体に籠った熱は、日に日にマシになっていた。

悔しくて認めがたいが、日中もリオネルがおれにべったりくっついているせいで、上手く魔力が循環できているらしい。

トマも「大公様のそばにいれば安心です」なんて言ってくれちゃうんだ。

仕方ない。おれには記憶がなくて、それが戻る度に魔力がごそっと抜かれて気絶したり体調が悪くなったり、トマや他のみんなに心配をかけてしまっている。

でも自分じゃどうしようもないからな。

記憶が戻るまでは……全部戻ってくるまでは、世話になるしかない。

神子の仕事も残っている。独り立ちするまでにこの世界と常識を知って、生活できるようになりたいな。




 河の街エミレは、大きな商店や倉があり、宿屋も格が違う。

 今日もマコトが変装して、夫婦役として街を散策する。そして太陽が真上に上るより前に、開けた土地と緑の木々が見えてきた。


「……公園だ」


 広々とした芝生、植え込みなどはおれがいた世界でもお馴染みの風景。

芝生に寝転がってのんびりと過ごす人、小さな屋台が果実水を売り、子どもが何人か遊び回っていた。景色は違うが、雰囲気は井之頭公園を思い出すな。

 バックも連れてきたかった。大型犬と芝生でフリスビーっていうのを一回やってみたいと思っていたんだ。

あいつは、おれを襲った生き物の追跡から帰ってくると、またどこかへ行ってしまった。



「ここを見せたかった」


リオネルが、公園の真ん中にそびえる大きな木を指さして言った。

おれの白い日傘は刺繍、レース、フリンジと凝っていて、色はシンプルだけどとても上品だと思う。いや、おれ、これだと女装じゃないか?

そういうことが頭をよぎるが、注意はすぐ大きな木に戻った。

歩いて行って近づけば、大きさが視界に収まりきらないとわかる。


 リオネルが言ったのは、大きな、樹齢何百年という木だった。


首が伸びるほど見上げると、高い枝から小鳥の鳴き声がした。

巨木の周囲には花が植えられており、その手前に石とレンガで出来た平らな部分がある。

そこに幾人もの人が跪いては、しばらくすると去っていく。


「バオバブみてぇ…」

「バオバブ? なんだいそれ」

「アフリカの悪魔の木。悪魔っていうけど、水分をたくさん含んでるんだ。見た目が変わってるだろこの木。枝ぶりが上の方にしかない」


 大根を地面に差したように、太い幹は凹凸が少なくて、てっぺんの方に枝と葉がある。


「大きな木なのか?」

「多分ね、写真でしか見た事ないんだ」

「そうか」


 リオネルが手をかざして大木を見上げる。瞳が、眩しいとでも言いたげに金の睫毛を何度も揺らした。


ここに来る人はこの木に向かって跪いて祈る。きっとおれの世界でいう礼拝や参拝をしているのだろう。

しかし木に祈りを捧げているところは初めて見た。

 日本にも、大きな木が注連縄を巻いているところがあって、樹齢数百年をこえるものもあるという。昔からある大きなものに畏敬の念を抱くのはどこも一緒なんだろうか。



「みんな熱心だな」

「そうだね、ここに大切な人がいるから」

「え?」

「……僕たちは、命尽きれば身体を焼いて、灰になって大地に還る。ごらん、いくつか花が植えられているだろ?」

「うん」

「あれは、実は下に細長い穴が掘られているんだ」

「…というと?」

「ここは、墓なのさ」

「はか、って、墓?!」


 しっと、指で声の大きさを注意された。


 花はそこかしこに点在していた。花壇もあるから、てっきりそこから種がこぼれたのだと思っていたが、違うらしい。

墓石がない。ただ明るい日差しの中を風が抜けていく。


「北大陸の多くは、樹木葬なんだ。巨木のそばに、根を傷つけないように深く穴を掘って遺灰を埋める。個人は大地と樹木の一部になって、生きている人を見守ってくれる」


 それで跪いて祈っていたのか。

こちらの世界で、木が大切だということはサイヤとピッケに習った。そういう歴史があるからだと思っていた。

こうした信仰として根付いているとは全く予想していなかったので、改めて驚く。

墓というものは、もっと陰気なものだと思っていた。

けれどここは、日常の穏やかさと地続きの、市民に愛される公園にしか見えない。

死を悼み故人を思うことが、これほどまでに違うのか。



「じゃ、じゃああの村の男も? いたろ? 殺された男が」

「ポホス村長の息子だね」

「そう! あの人も、こうした大きい木の下に埋葬されるのか?」

「うん。そうだよ。多くは神霊院と併設しているが、このエミレは特殊なんだ。元々が古い街で、樹齢を重ねた大木、卸問屋や大きな商店、土倉があって、神霊院は後からできた。街中から少し離れてるんだよ」


 この世界の人は大地に還った後のこと、天国や極楽をどう考えているんだろう。

死後の国はなくて、こうして生きている人の日常と一緒にいるのかな。

大木は長い時間を生きている。生と死が、時間が、自分の常識とはかけ離れていた。


 姉貴のことがあったからかもしれない。

死はひたすら哀しくて暗くて、みんな灰色か真っ黒で、墓石の前に線香を供える。冷たくて無機質、つるつるとした大きな四角い石。そこに何を祈るのか。

安らかに眠ってほしいと願うけれど、自分自身は胸が塞がって全然安らかじゃない。

でもここならどうだろう。


「……リオネル。ここ、来たかったのか? おれに見せたいって」

「うん」

「…その、特別なお祈りとかする?」

「話しかけるんだよ。感謝も、伝えたいことを伝えて」

「そうか…おれも、していくよ」

「うん」

「エミレの精霊樹さま、って話しかけるといいよ」

「うん、わかった」



 姉貴に話しかけていいんだ。それからおれがこっちに来てから、近くで見てきた故人に。

殺された人に「安らかに眠れ」と言っていいのかわからないが、それでも、話しかける場所だと、そう言われて気が楽になったのは確かだった。





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