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第十七話 雄の羽が美しいのは



翌日、マコトは軽く変装し、再び孔雀羽の団扇を手にしていた。

もう片方の手は、どこに行こうがリオネルにしっかりと握られている。

昨晩からずっとこの調子で、トマや他の人がいてもお構いなしだ。


 マコトは起きてからしばらくリオネルと目線を合わせることが出来ずにいたが、変装をすると気分が変わった。

絹織物を身に付けて昨日の自分とは別人になる。

薄布で目元は隠れるし、口元は団扇で隠しても良い。

宝石類は腕の真珠と耳飾りだけ、それで気品をアピールしなければならない。

つまり、銀座のお姉さんたちのように振舞うべきだとマコトはイメージを膨らませた。役割を演じるんだ。ホストでやっていたように、振る舞いを変えるんだ。


 そういった変身を意識することで、マコトは羞恥心を克服したと思っていた。


だが、マコトの見積もりが甘かったことが証明される。


リオネルは、これ見よがしに熱愛カップルを演じ始めたのだ。


先ほどまでは絨毯の専門店で、奥に案内され二人でぴったりと寄り添うようにソファに座っていた。時折握った手を自分の膝の上に乗せ、マコトの指を確かめるように触る。

くすぐったいったらありゃしない。

目尻をやわらげて、マコトの顔を覗き込んでくるので内心勘弁してくれ、と思いながらリオネルの広い額を軽く叩いて応酬する。



 次に甘味処に移動すると、景色の良いテラス席に案内された。

そこでわざわざ、普通の椅子を籐のカウチに替えさせて二人が並んで座れるように指示をして、やはり同じことをする。



「……これ、調査になってるか?」


 こっそりと耳元でマコトがささやくと、リオネルはマコトの不安げな顔を見て目尻に皺を寄せた。



「とても。街や人の様子を自然に観察するのにうってつけだ」

「……なら、いいんだけど」



本当かなあ、と心の中の声がする。

リオネルの第一印象は金髪の大天使だが、第二印象は詐欺師だ。



「食べさせてあげるね、どれがいい?」

「えっとりんご…じゃない! 自分で食べるよ!」

「いいからいいから」


 そして切り分けられた林檎が口元に運ばれたのでぱくっと口に入れて咀嚼する。


 ごくり、と呑み込んでもう一度リオネルに向き直る。



「こっちじゃ夫夫(ふうふ)ってこんな感じなのか? 目立ってないか?」

「マコトが綺麗だから注目は感じるね。でも見てごらん? 周りにも夫夫やパートナーがいるだろう?」


 リオネルはこの時、わざと言わなかったことがある。

この程度のふれあいは大したことではないが、周りの人は二人の雰囲気を察して、わざと見ないようにしてくれているのだ。


 一方でマコトは、リオネルに言われた通り、目の色を隠す薄布ごしに辺りを観察した。



「そう、だな。何組かは……わかるよ」


 街行く人たちを観察してよく見ると、二人組の中で手を握る、腕を組む人々がいた。中には向き合ってキスしたり、盛り上がってどこかに消えていく人たちもいる。目の色を隠す薄布はサングラスみたいで便利だと思う。



「今まで見てきたどこよりも色んな人がいる気がするなぁ…」


 マコトは渋谷を思い出していた。

それぞれ思い思いのファッションで人が行き交うスクランブル交差点とハチ公前。上京してきた時は、これが都会かと静かに感動したものだ。


エミレの街中は色の洪水だった。明るい色、暗い色、揃いの上着、帽子、眼鏡。ドレススカートに似たゆったりとした服の人もいれば、きっちりと着込んだ軍服の男たちが数人固まっている。チュニックのような形の上着に、派手な色で花の刺繍を指している人は度々見かけた。

人の流れが絶えず、見ていて飽きない。




「はい」

「ん」


 それを見ながら、林檎が差し出されるとついパクっと食いついてしまう。


「マコト」

「ん?」


 あまりに熱心に通りを眺めるマコトに、リオネルはちょっかいをかけた。


「ここついているよ」

「え?」


 ちゅ、とリップ音がする。

何故か目の前に水色の瞳。

通りかかったウェイターがサッと目を逸らした。


「え……リオネル?」

「ん?」


 にこりと薄目になるほど笑って、今度は握った手を持ち上げて、ちゅ、とする。


「ま、ま……」


またちゅーーーした!!


 マコトはそう叫びそうになる寸での所で、固まった。

 自分の感覚と、この金髪中年詐欺師の行動を、コマ送りで脳内再生する。


マコトは、リオネルがりんごの果汁を口実に、唇の端に口付けしたのを時間差で理解した。

 背筋にぶわっと、鳥肌が立った。



む、むず痒い! 痒いです! なんなんだよお前昨日からどうしたんだよと、叫びたい。身体をべりっと引き剥がしたい。

そして恥ずかしい。恥ずかしくて穴を掘りたい、おれが一人入っても余裕のある大きさの穴を。誰かシャベルを貸してくれ。


 そして何より恥ずかしいのは、このままだと公衆の場で男の持ち物が反応しそうだということだ。

昨晩の刺激が強すぎたのがいけない。絶対自分のせいじゃない。

生来性欲は淡泊な方だとの自覚があった。



 やられっぱなしも気に喰わないので、仕方がなく孔雀羽の団扇でリオネルの顔面をべしべしと叩くことにした。




そうやって耳を赤くして抗議するマコトの姿に、リオネルはますます笑みを深めるのだった。





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