第十六話 香木 ▼R15
そんな所に何をしているのか、汚いからやめろとか、言えそうなものはあるが、ただもう急なことで二の句が告げないでいた。
金の巻き毛の大天使が、おれの足にキスしてる。
目の当たりにしている光景だけ、わかっているのはそれだけで、この状況がなんなのか、血がのぼったせいか、頭が動かない。
それにどこからか良い香りがする。どこかで知っている香りだ。なんとか、という木の香りに似ている。
今までも何度も嗅いだ、これって、これってリオネルの匂いなのか。
音や光に、過剰に反応しているだけかもしれない。
そう思っても、衝撃と香りが脳みそを揺さぶっている。
もういっぱいいっぱいだ。何も考えられない。
ぼんやりする頭で浅く息を繰り返していると、しっとりとしたものが触れた。
「…わ、ぁぁあああ! な、り、リオネ、リオネルぅ!」
水色の瞳とバシッと視線がかち合うと、マコトは限界だと思ってベッドに再び沈んだ。
足に全神経が集中していて、顔は熱くて火が出そうだ。
リオネルの口元に、桃色の舌が見えた。そう、この感覚は、舌なんだ!
熱くて、脳みそで火花が散る。音も、匂いも、見た目も、感触も、全部の感覚を拾おうとする自分がいる。
まずいんじゃないかという疑問は時既に遅し。
変なところがムズムズする。だめだ、だめだだめだ!
「り、リオネル……」
掠れた小声でマコトはリオネルを呼んだ。
「何?」
マコトの足首に口付けを落とし、時折そっと舌で舐める。
急に訪れた静寂の中で、その音はものすごく大きく聞こえた。
「た、勃ちそうだから……」
控えめに言うが、半分手遅れだった。
寝間着をはぎ取ってしまったマコトは、下着一枚で隠しようもない。
「うん。わかってる」
ズクッと、全身にのしかかるような色香がマコトを襲う。
これはまずい。本当にまずい。
リオネルからは、サンダルウッドの優雅な香りが漂ってくる。
はあ、と熱い息がマコトの足に当たるのがわかった。
金髪の垂れ目が、おれの足に口付けをしている。おまけに良い香りがして、熱い吐息があたる。とどめと言わんばかりに、ちゅ、と音がした。
掴まれていない右足を曲げたり伸ばしてみたりしたが、だめだ。
腰が勝手に動きそうになり、それに気がついて慌て出す。
「リオネル…あの、おれ、ぬ、抜いて、くる」
途切れ途切れに言うマコトの声は少し掠れていて、熱っぽい。
機嫌を良くしたリオネルは、マコトの足を掴む手の力を緩めた。
ぎしり、と近づいてマコトの顔を覗き込む。
「手伝う?」
そう言ったリオネルの表情は、いたずらっ子と色気を掛け算した笑みで、威力は絶大だった。
ぼーっと呆けたマコトは、頬を真っ赤に染めたままでいたが、急に目線を逸らして首を横に振った。
熱が一ヵ所に集まってきている。前かがみになりながら、ふらつく足取りでなんとかバスルームに辿り着き、ドアを閉めるとその場に座り込んだ。腰から下が、骨が抜けてしまったみたいだ。
へたりこんだマコトは、はあ、と胸を焦がすような熱を漏らした。
下腹部が、腰が、この先の強い快感を追いかけるよう理性に命令していた。
※
わけのわからない事と、久しぶりの感覚にマコトはぐったりとしていた。
その後なんとも戻りにくい中ベッドに戻るも、リオネルの顔をまともに見られなかった。見られないは見られないで、今度は声を意識してしまい、やはり恥ずかしい。
耳元にスピーカーでもあるのか、リオネルの声がやたら脳に響いてくる。
恥ずかしくて、そそくさと薄いタオルケットのような掛け布団に潜り込んだ。
そこにリオネルも入ろうとしたのだ。いつも通り、マコトに添い寝すると言って。
一人にしておいたタイミングで襲われたから、絶対出て行かないと主張した。
語気は強くない、優しい声だった。
でも、ブレない、譲らないとはっきりわかる。こういうところは、さすが王族である。
しかしマコトも譲れない。これまで男兄弟のじゃれ合いだと思っていた部分があったが、そんな事をしたら熱がぶり返すに決まっている。
「や、やだ……」
「魔力の安定だけでもさせてほしい。こうして手を繋いでいるだけでいいから、心配だからそうさせて」
リオネルはそう言うと布団に手をつっこんで、マコトの手を取った。
マコトは、なんだかカッコよくてずるいと思いつつ、色んな事があって疲れたせいですぐに寝てしまった。
ところが、なんとリオネルはその姿勢のまま夜を明かしたのだ。
うたた寝くらい出来たかもしれないが、マコトが起きたとき、リオネルはまだ手を握っていた。ベッドサイドに座った状態で、目が覚めた様子のマコトに微笑みかけてきたのだ。
それはマコトが異世界へ転移して、気が付いた時と同じ顔だった。