表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
134/143

第十三話 這いよる異形 ▼R15

※暴力、恐怖表現があります。

苦手な方、無理な方は途中でも引き返してください。









何度かシーツの手触りを確かめた。

マコトは夢うつつ、身体の中でバクバクと鳴る血管の音を聞いた。


おれはまた気絶したんだ。何度もやると、大抵慣れてくる。ただ慣れるといっても、それが痛みを伴い強烈な不快感を与えることには変わりない。

それでもやっと息継ぎができた。戻ってこれた感覚を覚えているものなのだ。


 目を閉じたまま何度か深呼吸を繰り返す。

手に当たるリネンが、客室のベッドだということを思い出させた。

そうだ。おれは新しい街に、宿に来た。


ここはもう、小学校でも、日本でもない。


 そうやってゆっくり重い瞼を開けた。月明りが遠くに見える。他にランプや人影はないようだ。夜ならもう一回寝てしまおう。ジャンや誰かを起こすことはない。



マコトはそうして何度か深呼吸を繰り返すが、心臓のバクバクという音が小さくならない。

これは暑いのかもしれない。


 寝ぼけた状態で、マコトは着ている服を掻きむしった。少しでも脱げれば違う気がした。足をばたつかせて、薄い掛け布団を蹴り上げた。

やはり、ベッドの中で熱を持っている。

その熱源は自分だ。


暑い、寝苦しい。マコトの意識が、浮かんではまた沈んでいく。

自分が汗をかいているのがわかる。布が張り付いて、気持ちが悪い。

だが、ただ暑いだけではない気がした。

身体の内側に熱がこもっている。この熱が放出されれば楽になるのではないか。

そう思うが、熱を逃がす方法がわからない。


 最近、暑くて夜にうなされていることがあった。

夢で見た、夏至が近いことと関係があるのだろうか。リオネルに相談するタイミングが掴めなかった。


だって、大丈夫だと思った。ただ、夏が近づいてきただけだって。

おれが暑がりなんだって。

それにもし、また捜索するリオネルから留守番を言い渡されても嫌だ。


前回は、料理を覚える、馬のあしらいを覚えるとかやることが明確にあったけれど、仕事終わりにみんなで報告している時、おれだけ仲間はずれだと思った。

あのピッケだって働いていたのに。



―――かたかた、ミシッ、ミシッ。



なんだろう、風の音かな。窓に風がぶつかったような、軋む音がした。


 だめだ、暑い。

マコトは寝間着を脱ごうと手をかけた。

湿っている。それほど汗をかいたのだろうか。


 湿った寝間着は寝たままだと脱ぎづらかったが、なんとか引っ張って無理矢理脱ぎ捨てた。ベッドの上、下履きだけの姿で、ホッと一息ついた。

気持ち楽になった。寝間着を脱いで、少しだけ不快感が和らいだのだろう。


 なんとかもう一度寝られそうだ。そう思った。


 ひたり、と何かが足に触れた。

 ビクッとマコトの身体が反応する。無機物じゃない。

布や木や、まして石のように冷たいものではない。



 バクバクと鳴っていた心臓の音が、全身を回り始めた。

目を覚ませと脳みそに訴えかけている。


ひたり、とまた何か触れた。左の足首に、何かが触れた。

生暖かい何かだ。何だ、バックでもいるのかな。一緒に寝る習慣はなかったけど。



「……バック?」



 掠れた小声で、マコトは名前を呼んだ。反応はない。

後からヒッと、何か聞こえた。

やはり、何かいるのか?


 頭が冴えてきた。きっと声を出したからだ。


「なあ、バック?」


もう一度小さな声で呼びかけた。少し上半身を起こして、足元を見ようとした。



がし!!


 左足首を掴まれた。つかまれた?!

指がある! 手だ、これは手の感触だ!



「ひ、ヒヒ……さ……すすが、み、神子さま。みこ、さま、む、ま、まりょ、魔力だ。は、ヒヒ、ヒヒ」


 しゃ、しゃべった。人、人なのか?! 何か言っているがよく聞き取れない。それより、マコトは心臓が痛い。身体のなかで跳ね回る鼓動が苦しい。

動かない。身体が、強張って、息すらまともに吸えていない。



左足の上に、のしかかるようにもう片方の手が伸びてくる。掴まれた。皮膚があたる、生暖かい肉の感触。肉だけではない。変な感触がする。


 それは足元から、マコトの頭の方へ上がってくるようだった。



「まま、むむ、まりょ、まりょく。おいし、すごく、おいしいいヒヒヒ」


 ぼたぼた、何かが垂れる。


目を凝らしてよく見ようとした。ハアハアと息が上がる。

暑いだけではない、危険だ。何かそこにいる。



月明かりがぼんやりとそれを照らすと、マコトは声にならない悲鳴を上げた。


ぶるぶると震える手で枕を探し、掴もうとするが、緊張でうまく指が開かない。

こんな時に限って、動かない。

いる! いた! 誰か、誰か助けてくれ!!



 目玉が暗闇に二つ、浮かんでいた。まん丸の、ぎょろりとした目玉。

けれど、人にしては小さい。人にしては、何か変だ。

もう一度それを見ようとすると、目の前の景色と、別の景色が重なった。


前にも一度あった。遺体と、姉貴の遺体が重なって見えた時だ。



―――マコト、なあ頼むよ。これっきりだから。

―――ツアマネ、顔が広いんだよ。きっと成功するから。

―――売れるよ? 売れた方が良いだろ? チャンスなんだよ。


 そういって、マネージャーはおれをある女性の所へ送った。

うちは小さな音楽事務所だ。業界大手に睨まれたら生きていけない。そんなのわかってる。

でもどうしておれが、おれなんだよ。


―――役得だ、ぐらいに思ってればいいんだよ!

―――彼女もそんな悪い見た目じゃないだろ?

―――綺麗な人だよ、そんな神経質にならなくても。



 だからなんだよ! ふざけんなよ! 馬鹿にして、馬鹿にして、馬鹿にして!

目の前が真っ赤に染まった。腹が立つやら悲しいやら悔しいやら、感情はぐちゃぐちゃで、押し殺すのがやっとだった。



 それでもホテルのドアをノックしたのは、おれだ。招き入れられて、石鹸と香水と酒の香りがした。



―――マコトくん、緊張しやすいって聞いたわ。

―――大丈夫よ、心配しないで。リードしてあげるから。

―――ゆっくりして、目を閉じてて。やってあげる、ね。



その時のおれは、どんな顔をしていたのだろう。

彼女の手が、女の細い手がベルトに伸びて、外されていく。膝を、女の手が掠めた。


もう見ていられない!


咄嗟に目線を上に外した。かちゃりという音がする。

その時見た天井が、重なる。

マコトのいる寝室の天井と、あのホテルの天井が重なって見えた。


「たす、たすけて……」


 一度搾り出した声はみっともなくて、弱くて、恥ずかしかった。

喉をせり上がってくる熱いものを呑み込んで、もう一度足に目を遣ると、暗闇に浮かぶ不気味な目玉と視線がかち合い、叫んでいた。


言葉にならない叫び声だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ