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第十二話 記憶違い



しどけなく、腹を出して乱れた衣装のマコトが、大きなカウチに寝そべっている。



「ああ……そこ、もっと……うん」


 マコトが宝飾品を外して、しばらく解放感を味わい、ジャンに肩や足を揉ませている。



「それ、それいい……」

「弱いくらいがちょうどいいんですね」

「君たち自分の筋肉をよく見てね」


 ジャンたち騎士の衣装は上裸だった。ここでボディービル大会でもあるのかというくらい、ムキムキを見せつけてくれる。あんな筋肉で力いっぱい揉まれたら骨折するぞ。


おれのへそ出しの薄い衣装は、下は腰布をぐるぐる何重にも巻いたものだ。インド映画やオスマン帝国を彷彿とさせる。

この世界では綺麗な絹地でも織物でも、身に付けるのは男だ。何を以て「男っぽい」というのか、マコトの知る常識とは全く違う。正直、綺麗なものは緊張するけど見るのは嫌いじゃない。人目を気にせずに、男とか女とかを気にせずに自由に服が選べるんだなと思った。

ちなみに、へそ出しはこちらでは珍しくない。カーク・ハイムに言わせると、胸筋の谷間からへそまでざっくりと見せる、パンツにスリットをいれて際どい所まで見せる人もいるのだそうだ。また要らない知見を得てしまった。



「マコト様、あれっぽっちの時間で」

「いやいやトマ先生、けっこう限界だったんですよ本当に」

「マコト、今日は見せびらかすために付けたけど、本来はもっと衣装の方にこだわって、宝石類はあと半分減らすよ。そうじゃないと、いくら南部の風習といってもセンスが悪いっていうか成金っぽい」

「リオネルが成金っていうのは、妙に納得」

「……」


 押し黙ったリオネルが、へそ出しで剥き出しだったおれの脇腹をつねった。


「何すんだ!」

「成金だから、ちょっと行儀が悪くてね。この手がいけない」


 リオネルはぺしっと自分の右手を軽く叩いてみせた。

くっそこの中年、むかつく!!

そう思うけれど、これ以上反撃する元気はない。


はあ、と溜息が漏れた。


スーツだったらまだ良かったけれど、宝石類をあんなに身に付けたのは生まれて初めてだ。慣れないものは慣れない。その上座ったままバランスをうまくとって、身体を動かさずにいるというのは中々の肉体労働だったと思う。

銀座のお姉さんたちは、よく高い着物を毎日着られるよな。

お酒で汚したらどうしようとか、高いのにシミにならないかとか考えないのかな。おれは見た事もない綺麗な着物姿が見られて、良かったけど。着る芸術品て感じだ。



「神霊院にいたらどうなっていたでしょうね、毎日儀式の連続で」

「ああ……おれ、かしこまった生活は無理だな」

「慣れてください。もう神子様ですし」


 そうだった。マコトは身体を起こして座り直す。

トマが、部屋にあった果実水を持ってきてくれた。


マコトはうっかり忘れていたが、転移者という呼び名からこの世を救う神子様への格上げされていた。神子様だから御神輿に担がれてワッショイワッショイしていいということではない。


「そういえばさっきの、りり、なんとかって何?」


 聞きなれず、全部を聞き取れなかったが、確かに王族とか何とか支配人とリオネルが話していた。



「リリーボレア。僕の兄さんが王族やってる」

「ふうん……」


 そうかあ、そうだった。この男は王様の弟だった。


「ん? リリーボレアってどこだ? 国、じゃないよな……でも王族だろ?」

「マコト様、リリーボレアはここから南西方向にある王国ですよ。香油が有名で、花の国ともいわれています」


 ジャンが肩を揉みながら教えてくれた。


「え、でもリオネルはこの国の王様の弟で」

「ああ、リリーボレアに行った兄さんは真ん中の兄さんなんだ。ジアンイット国王は一番上で、僕は三兄弟の末っ子ね」



 リオネルは伸びをしながら気だるげに応えた。


「兄弟、他にいたのか!」


 いやまあ、いてもおかしくはない。王族だもんな。王族ってもっと血縁関係が複雑だと決めつけていた。


「おれも末っ子だから同じだな」


 そうマコトは呟いた。


え? 末っ子?


何の気なしに、自分の口から飛び出た言葉に自分で驚いた。


この違和感はなんだろう。

末っ子というのは、複数の兄弟の一番下だよな。でもおれはユキ姉の弟だから、どっちかというと下の子って呼ばれるはずだ。


 そのユキ姉は亡くなってしまった。おれが小さい頃、おれが小学生の時だ。おれは黒いランドセルを背負っていて、その時のユキ姉はセーラー服を着ていた。


ピアノの音が聴こえてくる。

ドビュッシーのアラベスク、黒ちゃん先生が好きだった曲だ。

音楽室で、おれに楽器を触らせてくれた黒ちゃん先生。白髪を結い上げて、ちょっぴり寂しそうな横顔をしていた。

あの音楽室の扉が見える。


マコトは、傷つき塞ぎこんでいた。

目の前で姉が攫われたから。大人たちの必死の捜索も空しく、生きて帰ってこなかったから。

 そしてマコトの聞いたエンジン音の証言が、信用されなかったから。

マコトは塞ぎこんで、口をきかなかった。

そんな時、黒ちゃん先生と出会った。ただ出会ったのではない。

音楽室の薄緑色の扉が見える。誰かと手を繋いで、そこへ行ったんだ。


 誰だ、あれは。

ユキ姉のはずがない。ユキ姉はあの時、もういなかったんだ。

じゃあおれの手を引いてくれたのは、一体誰だ。


おれは何を忘れている。どうしてホストになった。なんだ、何がどうなって―――



―――とさま、マコト様!

―――マコト!



 ピアノの音がする。黒ちゃん先生が弾いているんだ。音楽室の扉がぐるぐると回転を始める。

おれが握った手、あの手は誰だ。あの、あたたかい手。


 そのまま、マコトの意識は途切れた。何も見えない中で、ピアノの音だけが響いている。






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