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第十話 ココネアンに杯を



 ここに一幅の絵画がある。

船室の壁に、金の額縁で飾られたその絵の題名は「ココネアンに(さかずき)を」。

男たちが船上屋台の上で飲み食いする場面が描かれている。背景はまさしく、マコトたちが舟で遡上しているココン川だ。

ココネアンというのは、ココン川流域に住む人々を指す。

大陸西側に縦に伸びる二つの大河、ココン川とココン・ドネ川は、建国より遥か昔から、豊かな資源として栄えてきた。


人間の生活が、この河の沿岸部に根付いているのだ。

国や国境が変われど、首がどう挿げ替えられても民人は変わらない。その土地に住み、守ってきた歴史は地元民に“ココネアン”という名前と誇りを与えた。


 マコトたちが乗る貸切の客船は、広く優雅な造りであまり揺れを感じない。これも馬車と同じで魔法がかかっているんだろうか。

マコトが船室から窓の外を眺めていると、広い川の向こう、右岸の岩山が見えた。

 右岸の方に、何か群がっているのが見える。



「あれは何だ?」

「ああ、水牛でしょう」


 農家の人が浅瀬で水牛の水浴びをさせているのか。近くには水鳥が集まっている。河を行く船の形は、ディアメで見たのと同じで、大きさや形がそれぞれ違っていて面白い。マコトたちの客船で羽を休める水鳥は、なんという名前だろう。こうした景色も、ココネアンにとっては普段と変わらない日常なのかもしれない。


そんなココネアンの住む川沿いの町の中でも、エミレは人工の支流、水路が内陸部に続いている大きな街だという。そこで“一つ目のダグラス”を見つけ、普通の人が知らないことを知りたい。

リオネルは、敵を欺くため、敵を知るための手立てを模索している。それにはあまり時間がない。“白い病”が完全に収まったかどうかもわからない。サイゼルも不在だ。


 もっとゆっくり見物を楽しみたいのだが、現実を忘れることは出来なかった。

マコトは、今回変装して捜索に加わる。トマとジャンの二人がかりでその変装の準備をしてくれているのだ。


 マコトは頭のてっぺんから爪先まで、これでもかと装飾品に塗れていた。


近衛騎士たちは闘うために魔石を身に付ける。輝く装飾具をつけることになんの違和感もない。

けれど、これはやり過ぎというかなんというか、複雑な気分だ。



「いや、いいね。本当は黒髪が宝石ももっと映えるんだろうけど、これでも十分、裕福な商人の夫人役は務まりそうだよ」


 リオネルは着替えの様子を時々確認しに来ては、にやにやしてからかっていく。


 マコトの髪は、よくいる日本人として当然真っ黒である。この世界には黒髪はいない。この世界のこともよく知らない。常識が違う、どこが違うのか、まだ探り探りだった。

潜入捜査では全くの不利だ。でも今度こそとリオネルに交渉を続けていたら、こうなってしまった。


「……何にもできないよりは、マシだけどさ……」


 マコトの希望は思ってもない形で叶えられたので、喜んでいいのかわからない。ジャンはマコトの変装支度をするのがたいそう嬉しいらしく、目が輝いている。


 トマとジャンが本気を出した変装は、かなり凝っていた。

黒い髪の毛は見えないよう飾り布を巻いて下にしまい込む。その上からベールのような薄布を被り、更に目元は紫色の薄布で覆ってしまった。

この薄布は、乱暴に扱えば簡単に破けてしまいそうなくらい繊細で、日本の(しゃ)に似ている。きっと高価なのだろう。

銀座のお姉さんが、着物の技術、価格を決める一つに絹の薄さがあると言っていた。


 そこからさらに、マコトの頭に純金の細工をいくつもつける。

薄布が落ちないよう頭部にもう一つ飾り布を巻くが、それには刺繍だけではなく無数の飾りが縫い込まれ、先端に宝石をつけた金の細い鎖が何本も揺れている。耳飾りは純金、じゃらじゃらと細かい部品は動くと揺れる。


「重たい……」

「ちょっとの辛抱です」


 トマにそう言われる。彼のお小言には慣れたけれど、今のは二つの意味で「重い」んだ。

実際に、目方が重い。そして、これを壊さないようにしなければというプレッシャーだ。

 おれの目は肥えている。

何故なら、ホスト時代に超高級ブランドのお店をお客さんと梯子したり、圭一さんやホストの先輩に見せてもらったから。

だからわかる。

これ、ダイヤモンドだ……純金も本物の重みだ。ところどころ純銀もある。



マコトは目元の薄布をちょっと指で押し上げて、雄大なココン・ドネ川を見ては現実逃避していた。

そしてまた、リオネルがからかう。この繰り返しだ。

トマに姿勢を正された。全身鏡に映る自分を見て、なんだか既に疲れた気分だ。一体全体、いくらするんだろう。

 マコトの金銭感覚は小市民だった。

ホストでたとえ一晩いくら稼いだとしても、自分に使う事はほとんどなかったからだ。ある意味、あの歌舞伎町という夜の繁華街に染まらなかったといえる。



 首飾りはチョーカーと長いものが幾重にも巻かれた。

サファイア、ブルートパーズ、トルマリン、ダイヤモンド。

青を基調に段々色が薄くなるように配色されている。背中側に垂らしているのは、多分オパールとマザーパール。前にホスト仲間からダイヤつきの時計を付けさせてもらったが、これはその比ではない。

海外の有名ブランドの店内で、店員が恭しく出してきた純金の時計を持ったこともあるが、その比ではない。


手の甲に大きなアメジストが輝く。それが鶏卵より大きいってどういうこと。

これ、さあ……国宝じゃないのこれ。国宝レベルじゃなければないで、怖いんだけど。

あと腰に巻かれたベルトは紫翡翠と真珠だって。

総額の価格計算が出来ない。これって日本、いや、地球だとどういうことになるんだろう……王室のコレクションとか? あ、リオネルってそういえば王族だった。


そして何故か、この服はへそ出し。

良かったよ、剣の素振りで鍛えておいて。多少は見れるよな、マシだよな。


二の腕、手首、指にも、もうじゃらじゃらとすごいことになっている。重くて腕が上がらない。首も下を向くと痛めそうなので真っすぐ前を向いている。ギタリストって首のヘルニアや背骨を傷める人が多いからな、もう少し配慮してほしい。

だがジャンとトマは手を止めずに、足首にもつけていく。


その時ふとマコトは思った。これはまずい。


「……こんなんじゃ歩けない」


いや、もっと大変だ。トイレにも行けない気がする。



「歩く必要はない」


 大きなカウチで優雅にマテ茶の香りを楽しむリオネルが、続けて言った。


「君は輿(こし)に乗る。歩かなくて良いくらい、相当な身分の金持ちっていう設定だから」


 リオネルは頭に、ターバンのような白い絹を巻き付けている。

これまで見かけたジアンイットの衣装ではない気がする。外国人っていう設定なのか。


「歩かない? ついたら船から下りて歩くだろ?」

「いや、君はあれに乗っててくれたらいい」


 リオネルが指さしたのは、船室後方にあった大きい椅子だ。

その側に控えていた近衛騎士、揃いの衣装に着替えたカーク・ハイムとマハーシャラが、笑顔で二の腕の筋肉を見せてくれた。


「え、なに、どういうこと?」

輿(こし)だよ。担がれるの、彼らに」

「うん?」


輿(こし)ってなに? 御神輿(おみこし)? オミコシに乗るの?! おれ?!






2024/12/29 一部改変・編集

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