第九話 後ろ髪引かれ
「はぁ……なんてこった」
「小さな命……」
「可愛い」
「可愛いな」
「反則でしょうあれ」
おれたちは馬小屋の柵に腕を乗せ、そっと寝床の藁山を覗き込んでいる。頭四つに目は八つ。そういう怪物ではない。
剃り上げてピカピカ、つるつるのマクナハン、この世界で唯一、黒髪で黒い頭のおれ。ふわふわとした髪質で鳥の巣みたいなピッケ、そしてくすんだ金髪のジャンだ。
王都からここまで一緒に旅をしてきた軍馬は、その大きな頭を小刻みに動かし、一生懸命その藁山の中にいるものを舐めている。
大きいので怖いと思っていたが、意外と優しそうだ。
ひょこっと藁の中から顔を出したのは、三角の耳が立派な親猫。髭を左右にピンと張っている。
親猫は焦げ茶色の中毛で顎と前足の先は白く、その右前足で「ちょっと」とでも言うように軍馬の鼻先を押し返した。
親猫のそばには、舌を出して尻尾を絶えず振っている灰色犬のバックがいた。
しっかり見ているぞと言わんばかりだ。
そして遂に、藁の隙間から親猫を追って、ちょろちょろと小さな猫が這い出してきた。
「ひゃああああ」
「うるさいジャン。驚かせるなよ」
マコトが肘でジャンを小突く。
子猫ちゃんがびっくりしちゃうだろ!
マクナハンを見習え、黙ってじっと見つめてるだろ。ほらじっと見て……あいつ瞬きできてるか? 目ん玉乾いてない? せめて息をしろ、息を。
灰色の毛並みをした大型犬のバックは、軍馬が暮らす大きな馬小屋にいつの間にか出入りしていたらしい。
そしてどこで出会い、どこからここに連れて来たのか、子連れの親猫と仲良くなっていたみたいだ。
その親子猫の世話のため、マクナハンがこそこそしていたのをピッケが見つけた。強面のマクナハンに白状させるピッケは、なかなか肝が据わっていて見物だったな。
そういう経緯でおれは子猫を見に来ていた。
馬小屋なら雨風しのげて、子猫は好きなだけ遊びまわってもいい。ご飯ももらえる。
親猫にしてみりゃ子育てに最適な場所ってわけだ。
軍馬たちに受け入れてもらえて良かったな。
「バック、お前が連れてきてやったんだな」
「ワフッ」
灰色犬はそう控えめに吠えると、藁山を滑り降りてきた。
ちょろちょろと動きだした子猫が遠くにいかないよう、通せんぼしながら遊んでやっている。
「はっ 子猫がバックの尻尾に飛びつきました~!」
「あの子、自分の尻尾を追いかけてる! かわいい~」
バックは猫の家族と軍馬たちを引き合わせた名犬だな。交渉ができる犬ってことか?本当に賢いんだなバックは。
「まだここにいたんですか」
声に振り返ると、入り口にトマがいた。トマは他の軍馬の首を撫で、挨拶する。
「ずっと見てられるんだよ」
「何も出発の日まで張り付いていなくてもいいでしょう。いいですかマコト様、急ぎなのがわかってますか?」
「わかってるわかってる。あともう少し」
「……バック」
低い声でトマが命令すると、バックは子猫とじゃれるのをやめておれの元へ来た。
おれの顔をまじまじと見つめる。
くうん、と喉奥を鳴らしてみせた。
「…な、なんだよバック」
すると、仕方なさそうに、灰色の頭をぐいぐいとおれの腹に押し付けた。結構強い力だったので、倒れそうになりよろけてしまう。
「わかったわかった、行く、行くから」
背を向けて歩き出すも、やはり気になって後ろをチラチラ見る。
歩くのが遅いと、バックに尻を小突かれた。
「ジャンはいいのか?」
「あのお花畑はもう、居ても居なくてもいいです」
切れ味抜群のトマ節が聞こえたのか、ジャンが慌てて背筋を伸ばして追いかけてきた。
これから行くエミレには、みんなで別の変装をするので軍馬は連れていけない。行動が制限されて目立つからだ。だからマクナハンは軍馬の世話係で留守番。
ピッケはこの所、毎日パンを焼いて売り歩いていたから特別休暇で留守番だそうだ。
二人はおれたちを振り返りもせず、子猫に見入っている。
「この家の管理を任せる家族も到着しましたし、後はもう出かけるだけです。大公殿下は船着き場でお待ちですよ」
そう言いながら、手に持った布でおれの頭をぐるぐる巻きにする。黒髪が見えないようにするんだ。
「リオネル、待ちくたびれてる?」
「さあどうでしょう。わかりませんけど、マコト様に拒否権はないですから」
「なんの?」
「……」
トマは黙ってしまった。何が待っているのか、何をさせられるのか全然わからない。
でも、あんま良い予感はしないよな。
「…でもせめて見送れよ! おいピッケ!」
ピッケとマクナハンは手だけこちらに振り返した。
なんという薄情な奴らだ。
ああ離れがたきピウタウの家。すぐ帰ってくるからな!