第十二話 白い暗がり
第十二話 白い暗がり
もう見慣れてしまった布の天井。ベッドの天蓋だ。おれを心配そうに覗き込んでいる二人の顔が見える。
「……おれ、どれくらい」
「ほんの少しですよ、マコト様」
ジャンがホッとした表情で、おれの額の汗を拭う。
「ヨギ、悪いけどこのままでいいか?」
「ええもちろんです。しかし日を改めた方が」
「いや良い。色々思い出した。また明日リオネル殿下たちに話す。続けてほしい」
思い出すことがおれにとっての命綱みたいなものだ。気分が悪いとかは言ってられない。それに今回の収穫は大きい。ゴテゴテした装飾と電気、あれは歌舞伎町だ。おれの働いていた店も、中の様子もわかった。おれはホストクラブのホストだ。
神様っていうのがいるのなら、わざわざホストなんてのを神隠しに選ぶとは、趣味がおかしいんじゃないかと言ってやりたい。
「それで、転移者はなんとかっていう病を治したから、その後も呼ばれたって」
「そうです。最初は賭けのような、神頼みのようなものでした。その後、この世界は愚かな行いをしたのです」
「愚かな行い?」
「最初の病は、大陸全土を覆う悪魔のようなものでした。ところが、一部地方だけが滅ぶのならば戦争する手間が省ける、そう思った者たちが出てきたのです」
「つまり?」
「転移に反対する者たちが出てきました。それで『正式には五人』という結果になってしまったのです。もちろん、術式が失敗した例もあります。それらの理由から、転移式は厳重に、そして転移者を保護するようになったのです」
「……そうか。それって、呼びたいと思っておれを呼んだ人と、呼び寄せたくない人がいるって話だよな。」
ヨギが暗い目をした。おれは起き上がるのも気怠いので、そのまま、ゆっくり深呼吸した。何度か繰り返すと、最悪な気分でも幾らかマシと思える。保護するようになったというのはつまり、狙われて、歴史から消された人がいる。命を取られたのだろうか。
「……おっかねえ」
ジャンを見ると、哀しそうな犬みたいな顔をしている。おれの想像は当たっているというわけか。
「なんだかさ、お伽噺みたいだと思ってた。絵本に出てくるような世界に入り込んで、帰れないって」
でも違った。どうやら文明は発達しているようで、人間は男しかいない。神頼みの儀式で連れてこられても、全員が手放しで歓迎しているわけじゃない。その証拠に早速記憶を盗まれている。
「SF映画って超リアル……」
ノストラダムスもここまでのことは予見できてなかったんじゃないかな。
一世風靡したハリウッド映画は、おれにはいまいち合わなかったけど、いま見返したら理解できそうだ。
そういやリーダーはあの毛むくじゃらのキャラクターが好きだったな。
ん? リーダー? ホストクラブにそんなやついたか?
「それでもマコト様は望まれて、転移式が行われました。我が国を中心に、また白い病が広まっているのです」
「白い病? また疫病が?」
「なんといえばいいか…いつも、大きな災害や国難は白で現れます。初代の『白燐病』は人間の肌が白くなる病気で、前回の転移者様のときは、樹木が白く枯れる病気です」
「…人には感染しないんだな」
「今、このジアンイットを中心に広がっているのは、土が白くなる病です。白い土では生物は死に絶えて、それから時折白い雲が畑を襲うと聞き及んでいます」
病に対抗するのは、向こうの世界では医療や化学の分野だ。おれは農家の生まれだから、農作物が育たない苦しさは多少わかるが、それだって肥料や土、水など理科の実験に近いテストを繰り返して改善する。
「一度白くなった土壌はそのままです。多くの者が、家や村を捨てています。他国へ亡命するか、金がなければ路上で死に絶えます」
東京の公園、高架下、駅の構内の家なき人々が浮かんだ。それはひどく感傷的になることがある。
遠くて近い人々。おれと近いようで遠い気もする。でもそれは明日のおれかもしれない。
国家の支援も限りがあるだろう。そもそも作物が取れなければ食べ物に困るのだ。そんな風に畑が、農作物がだめになっていったらどうなるか。貯蓄や先の見通しも立たないまま税金収入も減っていく。国が沈む、斜陽という言葉が思い浮かんだ。