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大学都市編 大師ベネトナシュ④


 小さな町の小さな孤児に選択肢はない。

幼少期の魔力不足は深刻で、孤児たちは病気になりやすく、同年代の子どもに比べて身体が弱かった。


冬場に咳きこんだら、まず二階の小部屋に移された。他の子どもにうつさないために。

その小部屋から、サイヤは何人もの家族を見送った。

だから出世しようと思った。神霊院で神祇官になり、少しでも孤児たちの待遇が良くなるように。

 それがサイヤの目標だった。


院長様の手伝いを始め、神祇官になるために勉強し、大きな街の神霊院に通って奉仕活動に参加して顔を覚えてもらう。

どんな手を使ってでもいい、神祇官になって、出世しよう。

そうすれば、弟分のウィルも、年老いた院長様ももっと楽ができる。


年下のウィルも同じ気持ちだったらしい。

ウィルは頭がよく、はきはきとモノを言う。算盤も得意で、物覚えが良かった。

たまたま、王都で侍従見習いの募集があると院長様がツテで聞いたらしい。

成人前の最後のチャンスだ。当然、ウィルはその話に飛びついた。


二人で将来のことを話すのが楽しかった。院内のここを改装しよう、子どもたちにこんなことをしよう、イベントをやろう。そんな風に小さな頃から空想してきたことが、実現するかもしれない。自分たちの手で。


二人して、この町の小さな神霊院をもっと良くする。

この近くで捨てられる子どもが、少しでも長く生きられるように頑張ろう。

そう約束した。


けれど、その冬ウィルが咳きこんで二階の小部屋に移った。


もうオレとウィルしかいないのに、隔離なんてする意味がないのに。


ウィルは高熱を出して、食べ物を受けつけなくなった。一日に何回か薬草を飲むのが精一杯で、息が荒く、目の周り、頬、全てが他の子どもたちと重なっていく。

こうなったらもうダメだ、というのがサイヤには手に取るようにわかった。

 

院長様は、余計につらそうだった。

何度も何度も、こんな老いぼれだけが生き残って、と独り言を呟いていた。


院長様は、長年自分を責めていたのかもしれない。

孤児には、地元で適合する大人を見つけなければならない。親の代わりに、魔力が子どもと適合する者だ。特に小さい頃は魔力をもらって成長する。


あの町の大人たちは出稼ぎで家を空けることも多かった。地元よりも、出先の神霊院に行く者もいた。

院長様がどんなに呼びかけても、なかなか適合する大人は見つからなかった。名乗り出ることもなかった。

見捨てるわけでも、信仰心がないわけでもない。

町の変化、人々の変化に、置いてけぼりにされた。

ただそれだけだ。

院長様は養い手や里親を探して回ったこともある。腰を痛めたのはそのせいだ。

やれる事はやった。


でもあの小部屋から、ウィルが元気になって出てくることはなかった。



「ウィルは内定していた……なんとか、昔の知り合いを探して、頼んだんだ」


小さな眼鏡の奥の、年老いた瞳は何を写していたのだろう。

ウィルの死んだ朝、院長様は言った。


ここで何人もの子どもたちを見送り、院長様は心に闇が巣くってしまったのかもしれない。

それは些細な闇だ。

サイヤはそう思い込もうとした。


「サイヤ、ウィルの代わりに王都に行きなさい。もうここに居てはいけない」

「えっ……でも、院長様...オレはもう十七で」

「いいんだ。孤児は出生がわからないから、時折訂正する事ぐらいなんの不思議でもない。本当の歳なんてわからないんだから」



それは嘘だった。

サイヤも院長様も、サイヤの歳を知っている。

サイヤの両親は不慮の事故で亡くなり、他に親戚がなかった。だからサイヤの出生記録に間違いはなかったのだ。


サイヤはその時の院長様の横顔を覚えている。

何かに対して、もの凄く怒っていた。

怒りはある峠を越えると、表情を失くす。悲しみを越えて嘆きを越えて、ひっそりと心の窓を閉じていくのだ。


院長様は、ここにいる子どもをもう見たくないのだな。


サイヤは思った。


この孤児院の最後の子どもがサイヤだ。

高齢を理由に、何年も前から孤児を引き取るのを断っている。

サイヤは腰を痛めて、身体が不自由になった院長様を支えるために神祇官になりたかった。出世したいのは本当だが、ずっと自分はここで院長様を支えるんだと思っていた。


悲しいかな、院長様はそれを望まなかった。

サイヤはもう子どもといえる歳ではないけど、育てた老神祇官からしたら、我が子同然だろう。


サイヤは恩返し出来るならと思い、院長の思惑に乗った。


ウィルの代わりに王都に行く。

侍従見習いになる。

でも、ウィルとの約束もあるから、給金はできる限り院長さまに送ろう。


孤児はもういなくても、院長さまに不自由があってはいけないから。

住まいの修繕費として受け取ってもらおう。

何か理由をつけて、育て親と繋がっていたい。


もう、愛されていないかもしれないけれど。


何度も思い返した。ウィルのこと、孤児院のこと、院長さまのこと、顔すら覚えていない両親のこと。

院長さまの真意はわからない。

分け隔てなく育ててもらった。本当に良い方だ。

ウィルとの約束のため、院長さまへの恩返しのため、サイヤはウィルと同い年だったことになった。

自分でその嘘を信じこんだ。手探りで暗闇の中を歩いているみたいに。


サイヤはあの日から、あの朝から、自分が歳を取っていない気がしていたのだ。






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