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大学都市編 大師ベネトナシュ①



 サイヤは髪の毛一本ほど、ピッケの顔が見たいと思った。


大学都市、サイゼル王子の居室には慣れた。

部屋の中に、森と小さな泉と小川があって、蝶が飛び、兎と鹿と遭遇することがあっても。

泉の中にざぶんと入ると、視点がぐるっと変わって、お屋敷のような落ち着いた居間に通じていても。

ちんぷんかんぷんな魔法の世界、というより狐に化かされている気分だったとしても、サイヤは自らの責務に奮起して、サイゼル殿下の身の回りの世話ができるようになった。

食べ物は注文すれば、外の行商から買い付けることができる。出来合いの料理でも材料でも何でも揃う。

 サイゼル殿下御用達の高級茶葉も切らすことなく、いつでもティーセットに用意した。


けれども、時には気の抜けた顔が見たいではないか。


 毎日常識が覆される。これがここの魔法だと言われる。

それがこんなに堪えるとは思わなかった。私は頑固なのだろうか。ピッケなら柔軟に受け入れることが出来たのだろうか。そんな考えが頭の中をぐるぐる回る。


「今日は中を少し案内しよう」


 大学都市について二日経つと、外のスーレン一族と連絡が取れたらしいサイゼルは重い腰を上げて伸びをした。


「お前も少しは慣れただろうからな」


そういって部屋を出て、またあの箱型の昇降機に乗る。景色が変わる上にぐらぐらと揺れるので、サイヤはこれが苦手だ。ひしっとサイゼルの衣服にしがみつく。



 サイゼル殿下に導かれて行くと、そこは広い談話室のようだった。なんだか久しぶりに賑やかな人の声を聞く。サイゼルの部屋は静かで、本物の森の中にいるみたいに、小鳥の鳴き声や羽ばたきくらいしか聞こえなかった。




 長机と椅子がずらっと並んでいるが、整然としているわけではない。どこかにお茶や茶菓子、軽食が置いてあるのか、何か飲んだり食べたりしている人たちが多い。

机の上に乗って談笑する異国の人、一人静かに本を読みお茶を飲む人、それぞれが思い思いの過ごし方をしている。


「ここは談話室。研究者には無論、静かな環境も必要だがそれだけでは大学都市の意味がない」


 壁に貼られた幾つかの紙を、サイゼルが読んでくれた。


――魔法生物について、魔物との違い。講義と談話。

――途中報告。薬学と妖精についての最新研究。

――参加自由。魔石の実験。


「大学都市に住む者は皆、学者だ。だが同時に誰からでも学べる。自分の専門外でもどのような研究があるか知ると、そこで新しい発想が生まれる。それは対話でしか得られない貴重なものだ」


 難しくてサイヤには呑み込めないが、参加自由とあったのだから、他の学者の話が聞けるという事なのだろう。


「つまりだ。一人引きこもっていては、行き詰まることもある」


 そういうことだ、とサイヤに笑いかけた。

サイゼル殿下はここへ来て、表情の種類が増えた気がする。王族なのだから、その高貴な立ち居振る舞いや人の使い方は変わらないが、こちらが緊張し、萎縮してしまうような物言いはない。


 壁には他にも色々と貼られていた。その中でも取り分け目についたのが、部屋をぐるりと囲むように並べられた石の札だ。最初はレンガが埋め込まれていると思ったが、何か書いてある。そして光っているものと、光っていないものがある。


「あの、石の札は?」

(げっ)(けい)(せき)でできた名札だ」


 なんでも(こう)長石(ちょうせき)を加工してできた、大学都市にしかない魔法だそうだ。


「名札、ということは、ここにいらっしゃる学者様の名前が書かれているのですか?」

「そうだサイヤ、お前は勘が良いな。名前が光っていれば、大学都市の中にいるということだ。これで会いたい人物がいるかどうかわかる」



 大学都市に認められた学者は、ずっとここに滞在しているわけではない。

そういう規則もない。研究に必要な場所へ赴き、大学都市の環境を求めればまた戻ってくる。

サイゼルは、ジアンイット王国で転移式があったので大学都市を出たのだ。

他にも、王侯貴族に招聘されて大学で教鞭をとる者もあれば、研究のフィールドワークのために出ていく学者もいる。

 学術の都・大学都市は、その学者が最も望む形であればいい。


談話室で話される人の声に耳を貸せば、どこかの政治の話。かと思えば、自身の研究の難点、論理的な間違いを指摘し合って熱が入っているテーブルもあった。

 気まぐれ、探求心、豪胆、好奇心、細かい所を気にする変人。どのように形容しようとも、彼らは似ていて同じではない。

 一度議論が白熱すれば人だかりができる。それも喧しいといえばそれまでだが、良い生活音と捉えて淡々と本を書き写す若い学者もいる。

身分、背格好、国が違っても、見た目がかけ離れていても、彼らは全く意に介さない。



「望む望まざる、その自由」


 サイゼル殿下が、琥珀色の瞳を輝かせて笑った。

それは宝物を見つけた子どものように、誇らしく、胸を張って。





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