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第八話 レリーフと少年Ⅱ




 小走りに街中を駆ける。きょろきょろと辺りを見回し、しゃがんでは角度を変えて何かを捜す。

そんな不審な様子の男に、通り過ぎる人は不可解と言った目を向けるが、落とし物でもしたのだろうとすぐに視線を逸らした。


 壁、柱、扉、看板と、帽子を被った男は目線をあちこちに移す。

男の身なりは品の良さが窺えた。下働きには見えないが、行動は変わっている。

土地勘のない旅人か、商人の遊興。あるいは羽振りの良い吟遊詩人なのだろうか。



「ワン!」


 道の向こうから大きな犬が駆けてくる。その男を目掛けてまっしぐらだ。


「見つけたか!」


 男は自分のもとに飛び込んできた大きな犬を撫でると、何か指示をして犬の後を走って追いかけていった。


 通りに水を撒いていた下働きの子どもは、変な人だなあと、天気の話と同等に思った。

今日は暑くなる、それくらい些細なことだった。



   



 太い前足にぐっと力を入れて後ろに押しだして、風を切る様にバックは広場の方へ走っていく。

その途中で右に曲がった、どうやら広場の中ではなさそうだ。

どこへ行くのかとリオネルがやっとのことでついていくと、バックが止まってワンと吠えた。

舌を出して、ハッハッと息をしている。


 リオネルが汗を拭って、荒い息を整えながら見上げる。小刀を出して、それと見比べた。


「これだ……」


 リオネルが見つめた先には、石造りの大衆浴場の入り口があった。

バックはお行儀よく、そこで座っている。


入口の上部は、屋根まで彫刻がある。草の模様と、八輪の花弁を持つ花の位置。

両側にヤシの木のような南国の木が彫られている。小刀とぴったり一致した。

間違いない、小刀の彫刻のモチーフだ。


一つ目のダグは、これを見て掘った。ここに来た事がある。


 リオネルの表情に、自然と笑みがこぼれた。

辺りを見回す。大衆浴場の隣は按摩屋。向かいには酒屋、飯屋、衣類の店、宝飾品の店、靴屋。

ぐるぐると町の風景を見る。何度も繰り返し、繰り返し。水色の瞳が情報を取りこぼすまいと動いた。


 バックはそんな大公殿下を、不思議そうに見上げている。


近くに通りかかった手押し車の花屋から話を聞きに行く。その後も、別の角度から通りを見る。至って普通の、庶民の買い物と娯楽の商店が並んでいるだけだ。

すると、リオネルはふと何かに気付き、大衆浴場の入り口に向かった。石のレリーフを背に、壁に身体を預ける。右から左、左から右。指は口元を閉ざすように置かれ、目は輝きながらも集中を切らさない。



 そして、白い歯を見せて笑った。目元に皺がより、子どものような無邪気な顔をする。

嬉しそうにして、そのまま向かいの建物に吸い込まれていった。





   ※




 全員揃ったリビングは、吹き抜けの一階にある。もう太陽は沈んでしまったが、月明かりと遠慮がちなランプの明かりが、程よく緊張を解いた空間を演出している。

 ソファや大きな椅子は、籐製に布張りした頑丈な作り。

騎士たちが座ってもゆとりのある大きさで、互いの顔が見えるように楕円形になって座ると修学旅行でハワイに来た引率の先生みたいな感じだ。

もちろん、トマも帰ってきていて、全員が顔をそろえている。


 リオネルの話はこうだった。


 小刀の模様が浴場の玄関口のレリーフと同じだったこと。それをダグラスが毎日見ていたとしたら、どこから見ていたか。たとえばレリーフの真正面はどうか。


「向かいの革製品の店がね、上の階を借家にしていた。店主に、片目の男を見なかったかと聞いたら大当たり。隻眼の男は大工で、たまたま雨漏りがする屋根を直してもらうのに雇ったんで、ついでに泊めてやったそうだ。一ヶ月ほど居たらしい」

「名前は」

「ダグラス、大当たりだろ?」


 トマが納得したように頷く。

「普段は大工と名乗り生活してたんですね。完全に裏稼業ではなく職人として働いているわけですか……したたかですね」

「長年捕まらないというのもわかりますね」


 ジャンがトマの苦労をねぎらうように、果実水を勧めた。トマはスーレン一族を使って、軽犯罪者や裏稼業の人間を探していたのだ。一族の情報網に引っかからない人物がこれまでどうやって生きてきたか、ある意味で賞賛している。

マハーシャラが身を乗り出した。


「この後は?」


 リオネルはその足で大工の棟梁に会いに行った。

ダグラスは長年腕を磨くために色んな町で働き、何度かこのピウタウにも来たことがあった。

それが、ついに近くのエミレに腰を落ち着けることにしたから、また棟梁から仕事をもらえないかと相談しにきたそうだ。



「職人は口が堅いでしょう。よく教えてくれましたね」


 カークが訝しんで言うと、リオネルが小刀をくるりと回してみせた。


「これの報酬を払ってないのにいなくなったから探している、って言ったら、最初は眉間に皺を寄せてこっちを睨んでいたけどね。小刀を見たら『こりゃあ間違いねえ、ダグの仕事だ』って棟梁が言ったんだ。棟梁はダグラスを好意的に見ているみたいで、今後仕事を回せるって喜んでた。一緒に働いていた時も、真面目で無骨、仕事ぶりは間違いがないと評価が高いんだ。棟梁は良い職人を引き込めたから、上機嫌だったってわけ」


「職人の評判も良いんですか…」


 ジャンは信じられないという顔をした。


「犯罪者にも、色々いるんだよきっと。おれたちに色々いるように」


 マコトが言うと、ジャンは一瞬目を見開いた。


「え? なに?」

「いえ……マコト様、具合はどうですか?」


おれはグラスの果実水を飲み干して、頭を横に振った。


 そうなのだ。それが問題。

おれはこのピウタウに来てから、毎日暑いからちょっとしんどいんだ。

喉は痛くない、鼻水も出ない。風邪でもないのに、どうしたのかわからなかった。


 額に手をあて、苦しそうに息を吐きだしたマコトを、心配そうにバックは赤銅色の瞳で見上げていた。

 こいつが一番の功労者だよな。

マコトはそう思って、バックの頭を軽く撫でてやった。



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