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第六話 主寝室にて



「いい加減、暑いんだけどぉ…」

「…むにゃ」


 マコトは後ろから抱え込んでくる腕を振りほどいて、向き直った。


「むにゃじゃねえよ、おい。起きてるんだろうが。暑いんだよ離れろよ」


 ぐぐぐっと腕力でリオネルの顔と胸を引き離そうとするが、一度緩んだリオネルの腕の力がぐっと入り、足はマコトの足に巻き付く。体格差があって、びくともしない。


「……眠いから、静かに」


 しー、だよ、とリオネルが瞼も開けずに言い聞かせる。


「暑くておれが寝られねえんだよ」

「みんな労働して疲れてるんだ」

「おれもな」

「僕は街中で特異点を使って、へとへと」


 特異点とは他の魔法に干渉しない、リオネルの特異体質のようなものだ。

リオネルは人を見分けるのに使っている。魔力は削られるので、特異点があるからといって他者より絶対的優位というわけでもないらしい。


 今日もリオネルは街行く人々を特異点である“神眼”で見つめ、おかしな挙動や、危なげな雰囲気がないか探したが、徒労に終わった。そうやすやすと、罪を犯し官憲の手を逃れる人間はいない。

 わかってはいたが、トマの方も空振りだったので見えない疲れが溜まっていく気がした。どうすれば“一つ目のダグ”に通じるか、角度を変えて策を練る必要があるだろうか。でも、出来ればそれも明日にしたい。

 疲れている時は直感も冴えない。閃きは向こうから訪れるものだ。



「慣れただろ」

「段々暑くなってきて鬱陶しいんだよ。髪の毛切りたい」

「それはだめ」

「なんで」

「魔力のため」


 そして魔力回復のため、マコトと同じベッドに寝る習慣がついている。

ピウタウに移ってから、確かに暑くなってきた。マコトの転移式が春だったので、当たり前といえば当たり前だ。マコトの髪も、鎖骨の下より長く伸びている。


「筋肉って暑いんだな…」


 一旦、力を抜いて休戦しだしたマコト。いずれ寝てしまうだろうと、リオネルは目を閉じたまま、マコトの髪に鼻を押しあてた。


 マコトは毎日、剣の素振り、洗濯、料理の準備と掃除など、今まで侍従がしてきたことをやっている。本当はそんな事をさせたくないのだが、本人が希望するので仕方ない。

今日はジャンが農家から借りてきたロバに荷車をつけ、この家の裏手の丘を行ったり来たりと馬を御す練習もしていた。

 留守番役のマクナハンが見ていてくれるので問題はないが、黒い髪を見られては困る。

家の外に出るときは飾り布の中に髪を隠し、帽子も目深に被るよう、ジャンもリオネルも念を押している。




「なあ、もう少ししたらここで祭りがあるってピッケが言ってたんだけど、おれもちょっと見ていいか?」


 (ねや)でお願いごととは、なかなかやるなあとリオネルは感心する。


「だぁめ」

「なんで」



 マコトも本当は眠いのだろう。さっきから口調が子どもっぽく、主張も可愛らしい。

ちら、と片目で顔を見ると、黒い瞳が見上げていた。鋭利な黒曜石みたいだ。

リオネルはもっとこの黒髪の神子を甘やかしたいなと思いつつ、理性を働かせてなんとか返答する。


「そんなに長くここに居るつもりはないよ」

「この家、借りるんじゃなくて買ってたよな」

「……次の町に行って、ダメでも何でも大公邸に帰るにはここを通るから。その時、祭りだといいね」


 大公邸は東のココン川沿いにある。一度ディアメに引き返してまた遡上(そじょう)する。陸路より水路を行ったり来たりする方が早いのだ。その為に帰りもこのピウタウに寄ることになる。



「変装してればおれも行けるよな。ボートレースがあるんだって」

「黒髪黒目は世界に一人だから目立つ」

「魔法で変えられないのか?」


 魔法のない世界からマコトは、こちらのことを知らない。穴あきの、虫食いの方が多い頭脳は、時に斬新な発想を生むらしい。



「…魔法っていうのは身体の一部だから。髪色と目の色は変えられない」

「おれの世界じゃ染めてたよ」

「……こっちでそれをやると、やっぱり目立つ」

「なんで」



 今日のマコトは寝つきが悪いな。なぜなぜ攻撃になっている。

リオネルは短かった子育て生活を思い出した。



「髪色と目の色は先祖の血、継承の証。どの国でもどの民族でも大事にしてきたんだ。時に先祖帰りはあるけど、大体は二親の色を受け取る。血縁の証拠でもあるし、自分が何者かを表すもの。魔力や魔法の性質と同じだよ。それを染めるなんて、余程の犯罪者だ。犯罪者でもあまりやらないって言うけど」


 マコトの返事はなかった。船を漕いで、がくんと、首の力が抜けた。


「…え…なに…も、いっかい…」



 ぽんぽん、と頭を軽く撫でて、おやすみと額に口付ける。


マコトの居室を無理矢理一緒にしたのは合理的だと思ったんだけど、侍従二人の目はなぜか輝いていた。トマは逆に虫でも見るかのように僕を見た。

マコトはもう子どもに見えないけれど、なんでだろう。


 くあ、と大きな欠伸をして、リオネルは自分も夢の中に落ちることにした。







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