第四話 近衛の犬
リオネル大公は、最初はナシラに期待したという。
ナシラは、白くなった村についてきた、南大陸からの密入国者だ。紫の髪にどことなく油ぎった中年男で、胡散臭いことこの上なかった。
「敵は全貌の見えない組織だが、末端の使い捨てには軽犯罪者がいた」
ポホス村長の息子、ポルドスを誘い出した男。その男の足取りをナシラとスーレン一族が突き止めたが、今一歩遅く、男は遺体で見つかっていた。
貴重な情報源を断たれてしまったのは痛恨のミスだ。向こうの方が、一歩手が早いともいえる。
「同じ轍は踏めない。裏社会には裏社会の情報網がある。そこにトマたちスーレンが食い込むのも、よそ者とわかるナシラが食い込むのも難しい」
それでリオネルは、直接繋がれる人物を欲している。
他にも、いくつか今後の展開を相談していたが、そこへ闖入者があった。
※
「ワフッ」
ハッハと息を切らし、舌を出して行儀よく座った。
それは犬、だと思う。シベリアンハスキーのような顔立ちだが、如何せん大きいので狼にも見える。狼なのか、とマコトは頭を捻った。
バートン子爵邸の客室に飛び込んできたこの犬は、咎められることもなく、むしろ褒めてくれと言わんばかりに元帥のすぐそばまで来て尻尾を振った。
「犬なのか狼なのか…」
「マコト様、瞳が赤銅色です。かっこいいですね」
ピッケ、おれが言うのもなんだが、君は結構まあまあネジが外れてると思う。確かにこいつは、灰色の毛並みに赤銅色の瞳で、凛々しい顔付きがカッコいい。後で撫でても良いかな。
「元帥、これは…」
「あれ? こいつ、近衛の棟で見た事があるぞ」
「そういえば、たまに宮廷内の廊下を歩いているのを見た事があるような」
近衛騎士がそれぞれ思い思いの事を口にすると、ホルスト元帥は大きな口を開けて笑った。
「おお、よく来てくれた。こいつは我が国始まって以来の近衛犬といってな。賢いので役に立つかと思ったのだ」
近衛犬と呼ばれた犬は、ホルスト元帥に撫でられてご満悦だ。一層激しく尻尾を振った。マンモスみたいな巨象に、次は狼みたいな犬。このグリズリーとゴリラを足したおっさんは猛獣使いか? サイにも乗るというのだから、あながち間違いじゃないと思う。
「へえ、可愛いな。どれ」
近衛騎士のカーク・ハイムが真似て撫でようとしたが、犬はそっぽを向いた。プライドが高いのか、カーク・ハイムには撫でられたくないという態度だ。
避けられたカークは釈然としない。
「こいつ、懐いてないんですか?」
「そんなことないよ。ほら、おいで」
リオネルが手を差し出すと、クンクンと匂いを嗅いで、頭を押し付けた。そのままリオネルが撫でてやると、嬉しそうにまた尻尾を振った。
「なんでだ?」
「カーク、この犬は誰がえらいかわかってるんじゃないか?」
「そんな馬鹿なことがあるわけないだろ。ほら、お手」
そういうカークに、犬は再びあからさまにそっぽを向く。まるで相手にしていない。犬は身体を揺らし、ぶるぶるっと身震いした。
「お手! お手だったら! やっぱこいつ、頭いいってわけじゃなさそうですよ」
「いやいや、序列をわかってるのさ」
躍起になるカーク・ハイムに、マハーシャラは笑って宥めた。
「元帥、この犬の名前は?」
「名前? ええと、あー、バック、バックですな」
「よしバック、お手」
マコトがしゃがんで目線を低くし、手も低めに差し出してみた。
リオネルの時と同じように、バックという犬は何度か匂いを嗅いでから頭を擦りつけ、前足をぽんとマコトの手のひらに乗せた。
「おお、さすがですねマコト様」
「やっぱりわかってますよ、この犬」
にやにやと笑うマハーシャラに小突かれて、カーク・ハイムはむくれたのか返事をしなかった。
「良い子だなあ、バック~」
わしゃわしゃと、灰色の毛並みをかき混ぜる。首のあたりが気持ちよさそうだった。
撫でるマコトの顔も知らず知らずゆるんでいる。
アニマルセラピーってあるよな。この毛皮にしか癒されない、何かがある。こういうペットを触るのなんていつ以来だろう。しかも向こうでは決してこんな風には触れないだろう狼モドキだ。大きくて、ふさふさとして威厳のある顔付きがカッコいいな。
「先ほどのお話、身分を隠して探されるのでしょう? なら是非ともこいつをお連れください。鼻がきくし、役に立つと思うのです」
「ああ、もちろん。頼りにしているさ」
元帥はリオネルの返事に安堵したのか、少しだけ目尻を下げて頷いた。