第二話 探しもの
ディアメの一連の事件は、リオネル大公に決心を促すには十分だったようだ。
収穫があれば次に為すべきことが見えてくる。リオネルの頭の中で、チェス盤の駒が進んでいく。
始まりはマコトの転移式、その後の大公領内で起こった不審死。そして関税の吊り上げから不正までを詳らかにした。
バートン子爵を捕らえ、マコトがルネの店を買い上げたその日のことだ。
主と家令がいなくなり、使用人も一旦別棟で近衛の預かりとなった。差し押さえられた子爵邸は、寂寥としていた。
「裏金か、あながち間違ってなかったな」
リオネルに宛がわれた客室に皆が集って食事をして、食べ終わったところでマコトが言った。
裏金とは、街の人々が踊らされていた流言だ。
誰かが意図的に流したものだ。
そうして実際関税が上がっていったのだから信憑性がついて回った。都合の良い言葉は熱を以て広がっていく。
関税を引き上げたのが家令に扮していたオグライゼン。
その変装や不正を見破られない為に子爵邸の使用人まで入れ替えていた。オグライゼンの犯行はかなり手が込んでいた。
そしてマコトの転移式、あれを書き換えた人物として繋がったのなら疑いようもない。
この件は、僕を狙ったものだ。
「大方、春鶴を大公殿下の褥に送りこんで大公殿下を不正に引き込もうとしたのでしょう。いつか自分の不正が露見した時は何とかしてもらえると期待して」
そう言ったのはトマだ。食後のムース茶はジアンイット人には欠かせない。食事中は水でも酒でも自由だが、食後はムース茶。これがジアンイットの風習である。
茶葉の格付けは違えど、貴族から庶民まで皆一様にムース茶を飲む。
マコトもすっかり慣れたのか、カップを受け取るとふうふうと冷ましている。
アスクードが唇の端を僅かに引き上げて笑った。
「自分のお気に入りを、あそこまで蔑んでいるとはおかしな了見の男だな。だから『大公の無聊を慰めてやる』なんて思考に行き着くんだろう」
それはリオネルも同感だ。バートン子爵は昔から付き合いがある。あのような男だとは思わなかったが、人は変わるのだろう。ここの所、疎遠にしていた自分もいる。
彼も、伴侶を失ってから何かが変わったのだろうか。
「それで、大公殿下はどうなさる?」
冗談めいてアスクードが続けた。
僕はムース茶を飲んでからそれに応える。
リオネル大公が取り出したのは、細長い小刀だ。
マコトが三十センチの竹の物差しに似ていると思ったそれは、近くで見ると、柄にも鞘にも精巧な彫り物があって、とても刃物だとは思えない。
「これ、ってあれだよな…ルネの…」
言い淀むマコトに、リオネルは頷いた。
「なかなかお目にかかれない、良い代物だ」
マハーシャラが一歩進み出て、両手を差し出す。彼は自分の目で確かめたいのだろう。
リオネルがマハーシャラの手の上に小刀を置くと、騎士は一歩下がってまじまじと見つめた。
マクナハンやジャンも興味津津と覗き込む。
「本当ですね。暗器にしては優雅な意匠です」
「あんき?」
「隠し武器のことです。仕込み杖や身体のどこかに隠し持つ武器です、マコト様」
「刃をわざと潰していますが、元々の剣としてもよく出来ていますね」
ジャンは鍛冶師の子どもだったか。こういう物に見慣れているのだろう。
これがリオネルの関心事の一つだ。リオネルを脅す為に、見せかけで用意したルネの小刀。それはリオネルに常とは違う閃きを与えた。
リオネルがうっすら微笑んで二杯目のムース茶を飲もうとすると、元帥が声をあげた。
「殿下、お人が悪い」
そう子どもに言うように窘めた。
「これまで後手に回ってきたからね」
一口、お茶を飲むとそれを置いた。
「全部ではないけど、こちらも絵図面が描けそうだよ。その一つがこの小刀の出どころさ。それから、大公邸をなんとかしないとね、僕の評判は、神子様がおいでになるのにがた落ちだろうから」
優雅に足を組みなおすリオネルに、むっと眉根を寄せたマコト。
「わかるように言えって言わなかったか?」
「順を追って話すから」
今度はリオネルがマコトを宥めた。
さて、尻尾は掴んだぞ。明るい日の下に引きずり出してやる。