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第一話 新たな町とカントリー




「かんとり~ろ~、ていくみ~ほ~む」


 歌は世界的に有名なこの曲、これはカントリーになるのかな。おれはアメリカのカントリーも結構好きだ。

源さんのレコードコレクションにも幾つかあった気がする。源さんはシナトラが好きだった。南米に住んでた時によく聴いたらしい。

江戸っ子気質で病院嫌い、頑固なところもある恩人は、おれのアパートの大家さん。



野菜は切ると、その瞬間から匂いが濃くなる。おれはめいっぱい、鼻からその清々しい香りを吸い込んで、上機嫌で野菜を切っていく。こちらの世界の人参は、細くて牛蒡(ごぼう)みたいに長い。そして葉っぱも食べられるらしい。知らなかったけど、人参ってハーブみたいな良い匂いがするんだな。


最近見るようになった、白い靄と水中の夢はよくわからない。リオネルに夏至のことを聞いた方がいいのだろうか。



「これは…トマが輪切りにしろって」


 手元のメモは、慣れない羽ペンで滲む自分の文字、日本語で書かれたものだ。


 輪切りってこれくらいか、と食べる時のこと、トマがこれまで出してくれた料理を思い出して切っていく。みんなよく食べるから、食材を切るだけでも結構な量だ。

相撲部屋ってきっとこんな感じだ、多分。


今日の夕飯は鶏だしの雑穀入り野菜スープ。これが定番の家庭料理らしい。難しい事はまだ教えてもらってないけれど、おれは料理の下ごしらえをして修行中だ。


 包丁は和包丁、おれはこちらの大人より小柄なので、いわゆる果物ナイフが初心者には使いやすいだろうとピッケが選んでくれた。

包丁の扱いは、最初はうまくいかなくて苦戦した。

食材の大きさを揃えて切るなんて考えた事もなかった。

その上、おれはギタリスト、おれの指はミュージシャンの指。怪我は出来るだけしたくない。そう思うと怖くて、おっかなびっくりになってしまった。


 ジャンに、ゆっくりで良い、と言われてからは少しマシになった。

おれには時間がたっぷりある、焦る必要はない。手早さよりも、丁寧に量をこなす。速さは後からついてくるんだって。

これがおれの料理入門編だ。


「とぅ~ざぷれ~いす、あいびろ~ん」


この曲、単純なコード進行だけれど郷愁を誘う。

誰もが歌えるリズムで覚えやすいから、今度みんなに聴いてもらって感想を聞いてみようか。

こっちの人にとって、馴染みやすい曲と、全然頭に入ってこない曲とがあると思う。聴きなれない曲って、右の耳から左の耳へ抜けていくものだろう。こういう時は日本語訳バージョンが良いのだろうか。でも全訳があったか覚えてないな…

 洋楽は日本語に翻訳すると、音やリズムと合わないから難しい。



ガチャッとドアが開いた。


「お、おかえりリオ」

「ああ」



帰ってきたリオネルはドアのそばの壁掛けに帽子を引っかけた。

 簡素な服装をしているが、ベストには本人のこだわりがあるんだろうか。リオネルはいつも必ず灰色のベストを身につけている。

袖をまくって見えるのは、意外としっかりした太い腕だ。ちょっと着崩して庶民風な恰好をしても、リオネルは庶民には見えない。それでもなんとかギリギリ、遊び人や風来坊、ちょっと変わった商人程度には変装できているだろう。


「ワフッ!」


 灰色の毛なみの尻尾が左右に大きく振られる。


「バック~、今日もリオを見ててくれてありがとうな。今、水やるからな」


 包丁を一旦置いて、リオネルと一緒に入ってきたこの大型の獣を撫でくりまわす。

狼だか犬だかはよくわからないが、賢そうな顔をしていて、いつもリオネルについて回っている。

 素性を隠しているリオネルに護衛は付けられない。だからといってはなんだが、この灰色の大型犬、バックがその代わりというわけだ。


バックはもっと褒めろとばかりにブンブン尻尾を振って、前足でマコトに乗り上げてくる。



「わっ ははは! おいやめろって、あはは」


立つとマコトの肩に前足が届くこの大型犬は、そのままマコトに体重をかけた。重たくて堪らずマコトが床にしゃがみこむと、さらにのしかかって、ぺろぺろ顔を舐め回している。感情表現なのはわかるが、やりたい放題だ。


マコトの衣服が乱れ、特に上着の胸元から何かがちらっと覗いた時、その顔面舐め回し攻撃は止んだ。

 リオネルが後ろから止めたのだ。バックをひと睨みすると、バックには通じたのか、すごすごと定位置のオレンジのラグの所まで後退した。なんとなく、恨めしそうな瞳はしていた。



「その胸のイロクラゲ、他の者に見られてないよね?」



 そのイロクラゲというのは、ルネに教えてもらった胸筋育成方法、だとマコトは信じている。


「え?うん 多分」


心無しか、リオネルの目がじっとりと問い詰めているようだった。


「……サイゼルも知らない?」


「うん? 当たり前だろそんなの」



 マコトは打倒サイゼル、奴をぎゃふんと言わせるのが目的の一つだ。

毎日毎日、胸元がざっくり開いた服で立派な胸襟を見せびらかされた。


 マコトはこれでも成人済みの男性である。いくらか頭は、成人済みには足りないが、今は記憶がないせいにしている。いや、本人がそう信じたいので信じている。


 日本で生まれ育ち、顔はともかく身長は凡そ周りの人間より高かった。

みみっちい事かもしれないが、それはマコトにとってアイデンティティの一つだったのだ。それが、こちらに来てみてどうだ。

「子どもとそう変わらない」という。その証拠に最近、未成年のピッケの身長が伸びた気がする。

 身体が小さい。

それはいくら木刀の素振りをしても変わらないだろうが、もう少し結果を期待したいのも事実だった。



「なら、よし」

「何が?」


 リオネルは一人で勝手に得心している。


このイロクラゲのシートはピンク色で、見た目は悪いが湿布と同じだ。貼っていると、じんわりと温かくなる気がする。なるほど、血行促進して、筋トレの補助になるってことかとマコトは効果を実感していた。


本当は、乳首が大きくなって感度が良くなるアダルトグッズである。


 マコトは乱れた衣服を直して、バックの水を深い皿にいれてやった。


白い髪、褐色の肌に偉そうな王子様兼学者のサイゼルは、大学都市という所へ行って、白い虫、病の正体を調べているらしい。

どうしているだろうか。

お付きに選ばれたサイヤがいじめられていないといいんだが。




 マコトたちは現在、お忍びでピウタウという町にいる。

何故こんなことをしているかというと、それはリオネル大公の計画だった。






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