プロローグ
白い霧の中にいる。
また夢だ。久しぶりに見た白い霧。けれど前の能舞台は見当たらない。頭もぼんやりする。何か変だな。
マコトは湖畔に佇んでいるようだった。
湖は白い霧を写し、乳白色だ。水を覗き込むと自分の顔が見えた。水は澄んでいる。
本当にきれいな水は、底まで何メートルあるのか目測ではわからない。浅く見えても十メートル以上あることもある。
じっと覗き込んでいたら、何かに押された。いや、引き込まれた?
どぼん、と水の中に落ちる。
身体に絡みついて、下へ下へと引っ張るものがある。
息ができない。
苦しくなって慌てると、一気に肺の空気が出ていってしまう。
―――神子様 神子様
声がする、どこかで聞いたことのある声だ。けれども、水でくぐもって、よくわからない。
―――神子様 ここは安全です
目を開けると、光る触手のようなものがマコトの身体に絡みついていた。そのうちの一本が、マコトの頭を撫でた。柔らかくてやさしい。蛸の足や海藻なのか、よくわからない。
だがそれからマコトは何故か息ができるようになった。水中なのに、えら呼吸でもマスターしたんだろうか。
いやここは、夢の中だ。だとしたらまた、向こう側の誰かだろうか。
ホスト時代の同僚に、夢で再会したことを思い出す。
夜、リオネルと一緒に寝るようになってから、サイゼルとヨギが作ってくれた魔法陣は使っていない。昼間、お守りのようにポケットに入れていた。
あれがないと洋司先輩や八尋に会えない。じゃあこれはなんだ。
―――神子様 お急ぎください
声の主は神子と呼ぶ。それはこっちの人間、おれが転移者から神子として認められたことを知る誰かということになる。
急ぐって、何を、なんで。
マコトがそう思うと、まるで聞いていたかのように声は答えた。
―――夏至が近づいています
夏至? 太陽が一番長く星に届く日。こっちにも夏至ってあるのか。
―――神子様の魔力です
声の響きはやさしく、子守歌みたいだ。水も冷たくない。光の触手もどこか暖かい。浮遊感とあたたかさで眠気を誘われる。
―――神子様の魔力は 記憶が戻るとその分だけ戻ってきます
加えて夏至の日は 最も魔力が満ちる日です
神子様
だめだ、眠たい。抗いがたい睡魔に抱かれている。
―――魔力が膨れ上がるのは――――夏至まで―――神子―――
途切れ途切れに聞こえる声を意識しながら、マコトは目を開けていられなくなった。
繰り返される言葉が段々と聞こえなくなる。
こぽこぽ
薄目に、口の隙間から水泡が水面へと向かってのぼっていくのが見えた。そして水面に差す淡い光すら見えなくなった。