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エピローグ



 リオネル大公の足元に、大きな穴が開けられた。腐食していけばきっと、大公自身を崩してしまっただろう。

事が芋蔓式に露見したのには、幾つもの偶然が重なっていたのかもしれない。


 金髪の踊り子、ルネはリオネル大公に直接、自分の存在を知らしめようとしていた。それがどんな結果を招いても構わない、そういう覚悟だったのだろう。

潰された刃がそれを物語っている。

 ルネ自身、居てはならない違法の売春夫だ。それが大公領に居たとなれば、ただでは済まないとわかっていたはずだ。

それでもここに不正があると、その証拠がこの身体だと告げる決意めいたものがあったに違いない。


 結局ルネの命がけの嘆願は、小さな裏帳簿に書かれていた内容と合致していた。要は、売春夫の売り上げを仲介料と称して子爵がピンハネしていたのだ。


リオネルたちも、その調べがついた上でバートン子爵に釈明の場を設けていた。

その往生際の悪さに辟易しながらも、相手の芝居に乗るという大公の悪癖が出た。そして大公はオグライゼンが書いていた裏帳簿と、バートン子爵のピンハネ用裏帳簿というややこしい事態を「互いの化かし合い」と評したのだ。

 本来の提出用の帳簿を入れれば三冊の帳簿が存在していたことになり、これから経理の事後処理は煩雑になること違いなかった。


元帥に言わせれば「反吐が出る」で事は済む。

それを泳がせたのは、貴族相手のよくある手だ。


 それでも一つ、リオネルは仏心を見せた。カザルス王国へ留学中だという子爵の一人息子はお咎め無しという処分だ。

リオネルの領内で起きた複数の不祥事は、リオネル自身にとっても大きな痛手となる。


 領民が騙されて殺され、その経緯を誤魔化して王族に罪を被せようとしたこと。

関税を引き上げて、大公と領民の間を引き裂こうとしたこと。

この二つはどう考えても同じ目的を意図した敵の工作だろうと、リオネルの考えはまとまった。


 ただ、いくら工作とはいえ、起きてしまったことを収めるにはいくつか策が必要だった。

敵の罠に落ちた町を、領民を、人心をもう一度健全な姿形に戻すのには時間がかかる。それでもやらなければならない。

 公表される事も考えれば、国内外にどのように波及するのか。

 そう思うと、神子になったマコトの存在は大いに頼もしいものに思えた。



そうリオネルに期待されていたのを知ってか知らずか、マコトが思いもよらない働きをしたのだ。



バートン子爵家は取り潰しとなる。家財を差し押さえ、関税分に色をつけてディアメの町民に返済する。向こう三年の税金の免除に加え、祭事には予算を出すこと。

余った分は「神子の給料」にすること。


 そう国王に持ち掛けろと言ってきたのだ。


これはある意味、王家は得をしたと言える。

この始末はどう収めても反感やわだかまりが残る。子爵の家財を全部寄越せという領民が出てくる可能性もある、それに対して貴族からは必ず反対意見が出る。交易地として有益なディアメを自分のものにしたいとか、貴族のものは貴族に還元しろとか要望は様々だ。

ところが、神子が自由に使える金銭として受け取ってしまえば文句が言いづらい。何より矛先が王家に向かない。

敵の狙いを躱せることにつけても有効だと思えた。


神子が現物的な金銭を持つのはいかがなものかと神霊院からは反感を買いそうだ。ただでさえ先代の遺物でを失くしてしまっている。

そちらは王都に任せるとして、そもそも神子自身が言い出したことを神祇官であるヨギが認め、リオネル大公が許したという形を取る。ゆくゆくは丸く収まるところに収まるだろう。


ヨギが神霊院で立場が悪くならないか、とマコトが心配したが、そもそも彼は森の民である。神霊院は森の民と表立って反目することはまず無い。


ここまででも、リオネルにとって及第点の落とし所だった。

しかし、ここからが見物だった。





マコトはそのバートン子爵家から得た「神子給料」なるもので、ルネの店を買収したのだ。いや、正式にマコトにお金が入るのは事務処理の先の話だと告げると、マコトは店にすっとんでいった。


そうして春鶴たちが店に借金があるという証文、借用書を出させて、騎士たちと一緒に“それ”で鼻をかんだという。


 是非見たかった、とリオネルは即答した。

店のオーナーは卒倒して、そのまま騎士に捕らえられた。春鶴を使っての売春は違法だから当然だ。これから裁判で裁かれる。


そういうわけで春鶴はまだ、ディアメの街にいる。街の大通りから外れて奥まった路地の突き当りに、その店はあった。

 一階が酒を飲むホール、吹き抜けがあり、二階から上は店子たちの寝室兼仕事部屋らしい。マコトはぐるりと見回して、何か考え事をしたあと皆に告げた。

マコトは彼らに、別の商売をしようと言い出したのだ。



「だから、身体売るのがダメなら踊ればいいだろ? 楽団を雇うって話、してなかったっけ? じゃあ楽団と踊り子で、キャバレーみたいに華やかな感じにしたら? 踊れない子がいる? 司会とか裏方とかやれば?」


この新しい商売に興味を示したのはアスクード伯だった。


「なるほど、商業都市で人が行き交うだけ客入りも見込めるな。その上法に触れない」

「おれの国では風営法って法律があって、しちゃいけない事が細かく決まってたんだよ。とりあえず店のルールとして作って、それからディアメの認可にする。リオネルの領地なんだろ? ならリオネルの領地だけは、先に認めさせる」

「中央には後から査閲させて、法律化を進めよう」



マコトは、アスクード伯と初めてまともに会話したと思った。

周りの人は、恐らくマコトの言っている言葉、内容のイメージが掴めないのだろう。アスクード伯は感覚的に、金の匂いを嗅ぎつけたのかもしれない。



「ルネ、お前が踊りのリーダーだな」


マコトが屈託のない笑顔でルネに声をかけると、ルネは泣き出して地面に叩頭した。

マコトが戸惑い、焦ってルネを立たせる。



「神子、神子さまっ」

「だからマコトだって」

「マ、マコト様は、私たちの借金を帳消しにしてくれただけではなく、生きる道を示してくださって」

「いやいや、そんなんじゃないって! 苦労すると思うよ。やった事ないし、この世界にこういう店ないんだろ? 大変だって絶対。これなら身体売った方が楽だったって思うかもしれないだろ」


 それは違法になってしまう。売春の春鶴であるルネたちに、この国に居場所はない。

けれど踊り子であれば問題ない。

無論、ここで新しい商売に馴染めない者も出るだろう。そうなれば神霊院に保護してもらう。春鶴は、身体が成長しづらいというハンデを抱えている。その上子どもが産めないこともわかっている。だからそのまま普通の市民として生きるのは難しかった。そこでもまた偏見に晒されるからだ。


よって保護か、新しい商売をやってみるか、今のところそれしか選択肢がない。

選択肢が少ない現状を最善だとは、マコトは思えない。

今できる事をする、とりあえずやってみる、それしかない。



「では、マコト様はご指南して下さらないのですか?」

「うーん、あのさ、なんていうか...まずおれはここに留まれない。行かなくちゃいけないからな。だからまず、おれとルネは共同経営者ってことで!」

「きょ、け?」


言葉が伝わないのは、この世界にない言葉を使っているからかもしれない。

マコトはこの国の言葉が日本語に聞こえる。

本当に日本語なわけではない。その証拠に、マコトはこの世界の本が読めない。

読めたのは、先代のノートだけだった。


それはつまり、どこかで自動翻訳みたいな事が起きてるのかもしれないのだ。


上手く伝わらない時は、それに当てはまる言葉がこちらにないのだろう。逆もまた然り。マコトがこちらの世界の言葉がわからない時もある。



「オーナーはおれ、店長はルネ。一応そうしておくけど、おれは時々しか関われないから。だからほとんど対等って事。んー、まあ出資者がおれ、みたいなもんだよね」

「はぁ」

「楽しみだな! いつかおれの演奏でルネが踊ってくれよ!」


マコトが興奮したように、いつも弾いている弦楽器を手にした。ルネがぽかんと口を開けて呆けている一方で、マコトは鼻歌で、短くいくつかフレーズを繰り返す。

どれがいいかな、あれがいいかな、と爪弾きながら、あっと顔を上げる。


「トマ! おれ宛の紙鳥って作れる? いやおれ魔法使えないし字も書けないけど、おれとルネがやりとりする方法なんかない?」


「な、なんとか考えてみましょう。ね、アスクード伯爵」

「そうだな。この件にうちも一枚噛ませてもらえるなら、経営のことは多少教えられる。その間は私宛に紙鳥を送るといい。店には可愛い子が多いから毎日が目の保養だな。その上、僕の黒真珠から毎日のように恋文が届くなんて、夢のようだよ」


恋文ではないし、毎日でもない。そもそもアスクード宛ではなくて、あくまでも店のこと、出し物のことでルネと連絡が取りたいだけだ。

また話が通じなくなったな、とマコトは目を明後日の方向に逸らした。



「とりあえず、うちの商会で必要なものを揃えませんか?」


 渡りに船。テムズ商会のマハーシャラは頼もしい提案をしてくれた。

とんとん拍子に進むっていうのは、こういうのを言うんだな。

マコトは思い浮かぶことをありったけ、彼に説明した。


「まずは大工を入れて舞台を作る。舞台には幕がいるよ。フランスのムーランルージュとか、クレイジーホースとか、そんな感じだよな。舞台裏には化粧室や衣装部屋もいる。大きな鏡、衣装、楽器! 楽団と照明、客に出す高い酒と新鮮な果物は絶対! あとソファ、カウチ、テーブルとか家具にはこだわってくれ。座っている時間が長いほど料金が上がるんだ。だから家具はケチらない。でも成金みたいにギラギラして趣味が悪いのも、敷居が高すぎるのもダメ」


「わかりました、店の者とやり取りして揃えましょう。必ずや神子様のご要望に応えてみせますよ! なんたってうちは“なんでもお届けテムズ商会でございます。揃わない物はありません”でお馴染みの優良商会ですからね」


「おおいいな、マハーシャラ。キャッチコピーあるんだ。そういうの良いよな。ルネは店の名前考えておいてね」

「え、私がですか?!」

「共同経営だし、ルネの方が毎日店にいるんだから、ルネが気に入らないと。改装期間中に、ルネはおれと演目を考えよう。あと楽団の人ともな」


踊りを教える、練習させる。店の中を整えて、人を確保して、新しい生活に少しずつ慣れていく。それは春鶴にとって、当たり前の生活を脱ぎ捨てることになる。

抵抗感や不安があるに違いない。一筋縄ではいかない。


 リオネルは、はしゃぎながらも、要点を押さえるように話すマコトが生き生きとしているように見えた。それはただ子どもっぽい、記憶が抜けた分の幼かったマコトとは違う。


「アスクード、僕の頼みも覚えているだろうな」

「ん? さて、なんだったかな」

「それに関しては大丈夫です。夫人に連絡しましたから」


トマの一言にアスクード伯がピシリと固まった。


「先に大公邸に向かって下さるそうですよ。助かりましたね」


トマが顔の筋肉を釣り上げて笑う。


「さて、互いに忙しくなるな。」

「じゃあなルネ、また大公邸で」


マコトは手を差し出した。ルネが恐る恐る、真似をするように手を出してきたので、マコトはその薄い手のひらを握って、そのまま自分の方へ引っ張った。


マコトがルネを抱きとめる形になる。


「約束だ」


マコトがルネを抱きしめると、ルネも腕に力を入れた。震えているけれど、あたたかい。

あの時、冷たくなったルネの肌を覚えている。

良かった。ルネが、理不尽に命を奪われなくて本当に良かった。


少しの間別れるけれど、またすぐ会える。その約束が、マコトは何より嬉しかった。




後に、ディアメの街には、名無しのさらし首があるという噂が流れた。

街の人はそれが誰の首か、誰も答えなかった。ただ立札にはこう記されていたという。

「この者、ディアメの街を貶めたり」

そうして、誰も知らない一人の人間を葬ったのだ。




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