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第五十二話 錆びた車輪に蟷螂の斧Ⅲ




「裏帳簿は、あるでしょう」



 しばらく待って、届いた言葉はそれだった。項垂れたバートン子爵から漏れたのだ。


「関税については本当に知らなかったのです。ただ、保養地が賑わい上手くいくようになったと報告を受けておりました。息子、一人息子の留学費用が必要でしたので、それでいくらか貯蓄はないかと聞いたことはあります」


 力のない声で、そこまで言い切った。


「そうか、息子のために都合をつけたかったと」

「はいそうです、そうです…息子には、もっと色々学んできてほしいとそう願っておりました。死んだ夫も同意してくれるでしょう」

「金の出どころを確かめもせず?」

「そ、それは本当に、儲かっていると思ったのです!」


 バートン子爵は必死だった。それはわかる。でも、黙って見ているマコトからすると、どうも腑に落ちない。何か、響いてこない気がする。

彼のいう、息子の留学費用の話は本当だとして、オグライゼンが死んだ今となっては確かめようがない。


「僕を偽ったことには変わりない」


 リオネルが水色の瞳でバートン子爵の顔を覗いだ。これまでとは違う、冷たい金属のような声だった。

子爵の項垂れた頭は一度だけリオネルを見るために上げられ、またすぐに力なく萎れた。


「…ふふ」


 その時、急にリオネルから息が漏れた。それは小さく短いものだったが、周囲の気を引くのには十分だった。


「何を…大公殿下」


 バートン子爵が驚いて顔を上げた。今度は、笑みを浮かべるリオネルを凝視する。

笑い皺でくしゃっとなるリオネルの顔は、嫌いじゃない。

リオネルは椅子にもたれて、右手で頬杖をついた。



「なかなか面白いじゃないか、子爵」

「おっしゃる意味が」

「狐と狸の馬鹿試合だっけ?」

「化かし合いです、殿下」


 冗談を言うその態度に、バートン子爵に火が付いた。


「大公殿下! お言葉ですが、長年このディアメを任されましたからには、この私めもそれなりの覚悟と忠心でやって参りました! それを、私を笑われるなど」

「まだ気付いてないのか」

「…何を」

「お前とオグライゼンは、互いに騙し合っていたんだよ」


 その一言に、バートンは凍り付いた。


「裏帳簿ね、探したらあったよ」


 リオネルが椅子の裏からサッと一冊取り出して見せた。


「は…」


 バートンは開けっ放しの口を閉じられないでいる。

こういう時って、イカサマ師の本領発揮だよな、マコトは黙って見守る。心なしか生き生きしているのは気のせいだろう。


「アスクード、どうだったんだい?」

「そうだなあ、色々買い込んでいるな。調度品も買い替えているし、自分の部屋の内装も全部変えている。その上、他国に別荘を買ったらしい」

「ほう…それはそれは豪勢だね」


 着服した金は、総額いくらぐらいになるのだろう。


「それから、ある商会へ金を定期的に送っているな。これはオグライゼンだろう」

「ああ本当だ、ゴフラン商会とある」

「どれも頻繁で結構な額だな。まあ、子爵の買い物が良い隠れ蓑になったのか」


「お待ちください!」


 バートン子爵は立ち上がった。縛られており、よろけているが、制しようとした近衛を振り払っている。


「その家具とやらも、全ては家令がしたこと! 私ではございません! なにゆえ、なにゆえこのような奸計を」


 怒りに震えている。そう見えるけれど、どことなく虚しさを感じる。ここまでくればもう、マコトは疑いようがなかった。自分の直感を信じて良いと思う。

この人は、付き合ったら破滅するタイプだ。

 ホストクラブの店には、色んなお客さんがいた。健全に遊びに来る子、話にくる子。その中でも多いのが、悪い男に捕まっている子だ。

それが彼氏だとは限らない。飲んだくれで博打うちの父親の、借金を返すためにソープ嬢になった子がいる。今度はアル中の治療のための金がいると、父親から泣きつかれたそうだ。

そうやって酷い目にあっている子が、誰にも言えないことを言いに来るのが夜の街だ。

同業者だから言いやすい、というのもあるだろう。

 結局、その子が送った金はパチンコに消えたらしい。

直接対峙したわけじゃないが、その父親というのが今のバートン子爵と重なって見える。



「奸計、と申したか」


ホルスト元帥の声は、いつ聞いても謹厳で、地鳴りすら起こせそうだった。


「王族に向かって奸計と申したか、と聞いたのだ」


さらに凄んで見せる。この人は、本気だ。

いや、元帥だけではない。トマも、ジャンたちも皆静かに怒っている。


「僕が言ったことがまだわからないようだね子爵」


 リオネルは組んでいた足を直して、前に身を乗り出した。


「お前は、オグライゼンと騙し合いをしていたんだよ」

「何を、根拠に」

「アスクード」


 食い気味にリオネルはアスクード伯爵を呼んだ。

眼は、子爵から離さない。


アスクードはまた一冊の手帳を出した。小さく、掌におさまる手帳だ。

バートン子爵が小さく息を吸ったのが聴こえた。


「味を占めたお前は、どうにかして金を作り出そうとした」


リオネルが受け取った手帳を、ぱらぱらとめくる。


「こちらの方を読み上げてほしいか、子爵」


 バートン子爵は、小さな手帳とリオネルを交互に見つめる。瞳孔が開いていた。


「…マクナハン、連れてきてくれ」






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