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第五十一話 錆びた車輪に蟷螂の斧Ⅱ



 捕らえられ、縄に繋がれた子爵は酷く不機嫌そうだった。

言葉の一つをとっても、声の抑揚をとっても不服が顕れている。



「まだお疑いですか大公殿下! 私めはこの度被害に遭ったのです! 大公殿下を害そうなどとは露ほども覚えがございません」


 元々神経質そうな顔立ちではあったが、今は血色も悪く、余計そう見えた。

王族のリオネルと近衛連隊長ホルスト、両者に見咎められることが大層不満らしい。

それも、自らの邸で縄に繋がれている。

顔色は悪いが、放っておいたらいつまでも捲くし立てるだろう。縛っている縄がなければ、身振り手振りを加えての大演説をしたに違いない。



「しかし、長年仕えてきた家令がすり替わっていたことに気付かない貴族とは、なかなか王都でも聞かん話ですな」


 ホルスト元帥が腰かけたまま、隣の大公にこれ見よがしに話しかける。

ホルストが大きなカウチに座って、やっと皆の目線が揃う。それでも元帥が座るのならと、マコトとリオネルも立派な椅子に座らされた。

 リオネルはこういう上下関係が当たり前だろうが、マコトはそうもいかない。

借りてきた猫のように、ただ大人しく座っている。


 悪い人には見えなかったけれど、これがこのバートン子爵の本性、いや心根なのだろうか。


「それに、いつからすり替わっていたかが判然としません」


 そう後ろから付け加えたトマの顔は、いつもの鉄のような雰囲気だ。


「それは困る。大いに困るな」


 リオネルは脚を組んで鷹揚に繰り返した。殊更にゆっくりと、独り言のようで誰にでも聞こえる通る声で繰り返す。

余裕のある態度に見えなくもないが、彼の中で葛藤と、怒りと人前での振る舞いが重なりあっているのだろう。



「ご存知の通り、私の家族が害されたのが六年前だ。関税については二年前からでも、家令が二年前からすり替わった証拠とはならない。この六年の間か、それよりもっと前だったか、そこは大きな問題だ」


 そう、リオネルが言った通りだ。考えればわかることだが、オグライゼンは人間を別の人に変装させていた。そうなると当然、リオネルの周りの誰か、大公邸の誰かも入れ替わっていたのではないかと推測できる。


「別にここの家令になる前でも、使用人のすり替えは出来るかもしれないが、大公邸の使用人とすり替わるには邸の内部の情報が不可欠なはずだ。そしてここの家令とうちの家令は付き合いがあった。人員増加の為に、口を利いてもらったこともあるだろう。古い付き合いだよな、バートン子爵」



 怖いなあ、縁故ってこういう事か。おれは庶民、こちらでいう農民暮らしで、その後は上京してミュージシャン、そこからは歌舞伎町のホストだった。

お宅とうちって昔からの付き合いだよねと念を押される。しかも王族から言われる。

うーん、おれだったら切腹とか考えるかな。


 この精神攻撃は効いているようで、さっきまでべらべらとせわしなかったバートンの口が、動くのをやめた。


「それには侍従殿がお手柄をあげたぞ」


 にっこり岩のような元帥が笑った。


「ピッケ」


 トマに呼ばれて、ピッケが前に進み出た。


「は、はい。お医者さまを呼びに街に出たところ、ポホス村長の村人に偶然お会いしました。

そうしたら、その人は前まで子爵邸に勤めていた親類を尋ねて来たのだそうで」


「生き証人を見つけたんだな」


リオネルが満足そうに目尻を緩めた。


「さて、バートン子爵。あなたは覚えてないだろうが、使用人がどう変わっていったのか、少し追う事ができそうだな」


 掃除夫の名前を知らないと言ったバートン子爵に、当て擦りをしている。少なくともマコトにはそう聞こえたし、マコトにそう聞こえたのだから子爵にはもっと響いているはずだ。



「まだあるぞ」


隣に控えていたアスクード伯とヨギ。二人は手に何やら色々と抱えていた。

それをドサッと、リオネルの前のローテーブルに置く。


「徹夜だったよ、徹夜」

「おや丁度いいではありませんか。有能なんですからそれくらい働かないと。ああ、老骨に鞭を打ってしまいましたか」


 トマ節炸裂。トマは、黙って居なくなったアスクードにまだ怒っているらしかった。


「とりあえず二年分は二人で見た、筆跡に変わった様子はない」

「ほとんど伯爵がご覧になっただけですが」

「つまりここで二つわかった。この二年、帳簿をつけていたのはそのオグライゼンとかいう成り済まし野郎。もう一つは、裏帳簿の存在」

「裏帳簿?」


 リオネルがわざとらしく聞き返した。二人を見ていたバートン子爵の肩が揺れた。


「これは、表向きの帳簿だった。関税の分がない」

「そこまで一晩でわかるのか」

「そんなもの、見ればすぐにわかる」


 アスクード伯爵は口角を吊り上げて笑った。


「僕は成り上がりの三男坊でね。魔法の才能はからきし、武芸もだめ。ところがどうだい、商才はピカイチなのさ。この国で最も富める貴族と謳われるくらいにはね」


 算盤弾いたら日本一、みたいなことか。実業家って感じかな。


「だそうだよ、バートン子爵」

「さらに帳簿を遡って、字体の変化がないか気を付けて見ておくが、そちらはあまり期待しない方がいい」

「ああ」


 バートン子爵は、もう目の前のリオネルを見る事ができなくなっていた。






2024/04/29 加筆修正

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