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第四十七話 不用心



 リオネルには気負いがあった。

それを痛感するには余りある、酷く重たい一日だった。


 トマたちを先に帰し、リオネルはマコトと二人で一頭の軍馬に跨り、歩かせている。

こうして少しでも触れ合えば、マコトと魔力の還元ができて回復するだろうと踏んだからだ。だが、思ったように力が戻らない。

 手綱を握る力も危ういとなれば、一度下りた方が良いかもしれない。寄る年波だろうか、と背筋の寒気を感じた。


 街の城門が近づく前に、リオネルは馬を下りた。マコトの下馬も手伝う。

言葉少なく、リオネルは手綱を引いて木陰に入っていく。馬を繋いで木にもたれかかると気怠い重さを身体に感じた。



「おい、リオネル大丈夫かよ。顔色、さっきより悪いんじゃないか?」

「……そう思うなら、協力してくれ」


 蚊の鳴くような声でそう漏らすと、マコトは瞳を見開いた。

辺りを見回して、リオネルに近づく。


「は、肌と肌の接触、で良いんだよな?」


 リオネルが頷く。マコトはリオネルのシャツのボタンに手をかけ、テキパキと脱がせた。

そうして、自分も上着とシャツを脱いだ。


 マコトのような肌の色は、こちらではあまり見かけないな。

そう思ってリオネルが薄目にマコトを捉える。

重たい瞼ではあったが、今何か変なものが見えなかったか?


 マコトがリオネルに、背中から寄りかかろうとするのを掴んで、やめさせた。


「ん? なに?」


 まじまじとマコトの上半身を見た。

胸に、両側に、薄桃色の膜を貼っている。これは、これはあれじゃないのか。


「…マコト、それ…」

「あ? ああ! これ! なんか湿布貼ってるのを見られるみたいで恥ずかしいな! これ、ルネが教えてくれたんだよ」

「…ルネが?」


 ルネをマコトの性教育係、もとい成人の儀の指南役に命じたのはリオネル自身である。判断を誤ったか、と一瞬思った。


「そう。おれ、鍛えても筋肉がつきづらくて、サイゼルみたいに胸筋がもっとつかないかなあと思ってさ。大きくするにはどうしたらいいかって聞いたら、これが良いって。オカクラゲだっけ? 毎日貼ってるんだ!」


 無邪気に笑うマコトに、リオネルは目が回りそうだった。

はあ、と大きなため息を漏らす。


「どうした?」

「…生殺しだ…」

「なんて?」


 マコトに答えず、マコトの腕をひいて、リオネルはその身体をすっぽりと自分の腕の中に閉じ込めた。見てはいけない。リオネルが青い目を閉じて深呼吸をすると、紛れもなく花の香りがした。

そう、いつかの白い花に似た香りだ。


「おい、リオネル」


 とりあえず、今は我慢だ。魔力の回復に専念する。それでなんとか忘れようと思った。

マコトが胸に貼っているオカクラゲは、イロアロエの樹液を吸っている。

無論それには、イロアロエの効能がついているのだ。

 ルネがどう捉えたのかは知らないが、それは乳首を性的に刺激するもので、貴族がお遊びでつける夜の小道具なのだ。

これを毎日つけていたらどうなるか、リオネルは知っている。知っているが、疲れて頭の動きも悪いこの時に、そんなものを見せられたら堪らない。

 魔力が足りないからこそ、性的な欲求は昂っているのだ。

それをまあよくも、無邪気に見せてくれるものだ。知らず知らず、握った拳に力が入る。

自分の欲求を抑制しようと、身体が我慢だと言っている。

 どうしてくれよう、とリオネルは思いながらも、ここではどうすることも出来ないと、なけなしの理性でこの場をやり過ごすしかなかった。




   ※



 ぼこ、と土が動いた。

モグラでもいるのだろうか。またぼこり、と土が下から押し上げられる。

モグラにしては大きい。ぼこ、ぼこと土が盛り上がる。

そして遂に、黒ずんだ手がにょきっと顔を出した。


 その手は地面を探るように動く。右手も同じように出てくると、土をかき分け、頭部が見えた。そのまま体を持ち上げるように、両腕で這い上がる。


「はぁ、はぁ…」


 息が上がっている。


「畜生、失敗した…魔力が…くそ、いや、まあいいか。やり直せる、次には」


 喘ぐような声は掠れていた。肌は土に塗れているが、その皮膚は所々爛れ、火傷による炎症と出血が見られる。黒ずんだ部分は壊死しているのかもしれない。

 オグライゼンは目玉をぎょろりと動かす。目は血走っていて、太い眉毛は半分焼け焦げたのか、一部の髪ごとなくなっている。


近衛騎士たちは地面に伸びた放射線状の焦げ跡を見て、それ以上は探さなかった。そう、土の中までは。ジャンの火魔法、炎の剣の勢いで焼かれてしまったと思ったのだろう。その火の鎮火のため水蒸気で辺りが一瞬見えなくなった。オグライゼンは、その時間的な隙間と心理的な隙間のおかげで辛くも生き延びていたのだ。


 がさっと茂みの方で音がした。オグライゼンは舌打ちする。


「遅いぞスピリドーノ! 話が違う! お前がいればおれがこんな目に合うことはなかったんだ!」


 茂みがもう一度、がさっと揺れる。

ようやく、フードを被った人間が出てきた。遠くからオグライゼンに話しかける。


「お得意の魔法はお手上げか」

「黙れ! 実験途中なんだよ……土の中で仮死状態になって、そのまま魔力回復を待つのが」

「怪我が治っていない」

「うるせえ! あの爺、家老も失敗した。でもおれは何とか生きてる。次こそ」


 オグライゼンが掠れた声で話す間に、男はフードを下ろした。

まだ若く、美丈夫といえる涼しげな面立ちだが、表情がない。耳の形がおかしいのが、どことなくその独特な雰囲気を作っている。

 翡翠色の瞳が、オグライゼンの喉元を見た。


「お前、うるさいな」

「は?」



 次の瞬間、オグライゼンは自分の身に何が起きたかわからなかった。

わからないまま死んでいった。

 翡翠色を宿した男が、その首を落としたからだ。剣を鞘に納める音がした。



「…そうだ、伝言があった。オグライゼン、お前はもう新しい絵を描く力はないだろう。これ以上期待するのは酷だ。ご苦労だった……」


 男はオグライゼンの生首に向かって話した。オグライゼンの目は血走って、驚いたまま、口も中途半端に開けられたままだ。

 男は何か納得したのか、自分の首を回すと気だるげに息を吐いた。懐から炭々岩を取り出し、魔力を込めてその場に投げた。

魔石の火は小さい。

 適当にその辺から落ち葉と枯れ木を拾って、火にくべる。離れた胴体も一緒に、そこへ運んでやった。

 途端に異臭がするも、人の声は上がらない。

その火をしばらく見つめた男は、フードを被りなおして立ち去った。

彼は一度も振り返ることはなかった。





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