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第四十六話 おいでませ大学都市《アル・ジャウザ》Ⅲ


 もう腰帯を握る必要はなかった。

サイゼルが逗留する、大学都市の内部に入ったのだ。

ここは、サイヤたちが外から見ていた、あの七つの塔の中なのだと言う。


「塔の内部が全て大学だ。研究室や寮もあれば食堂、図書室もある。構造は違っても要素は大学と同じだ」


 つまり、ここはサイゼルの寮だと言いたいのだろう。

だけど、どう見てもここは外だ。いや、森の中だ。


 またわけがわからない。サイヤは頭を抱えた。本当は叫びたかった。

大声でどうなってるんだ、と言いたかったが、何かが邪魔をしてできない。仕方なしに髪の毛をぐしゃぐしゃと引っ搔き回した。


扉の中では、生い茂る木々と小さな泉、小休止に良さそうな草地。空からは光が差し込み、小鳥が踊っている。

どう見ても、森の木陰で一休みする場所だ。建物の中とは思えない。木々も空に向かって伸びている。その木漏れ日が、暖かいとすら感じる。


入り口から部屋の正面奥に向かって、少し蛇行しながら一本の石畳があり、そのそばには小川が流れている。小川は、奥の泉から流れてくるのだ。

石畳の間に、小さな花が咲き、小さな蝶が飛ぶ。


 ここが、塔の中?そんなはずはない。


「ここで、寝泊まりをするんですか?」



 サイヤが戸惑いながら口にしたのは、まるで明後日の方角のことだった。自分でも驚いている。混乱しすぎて一周まわって正常になったのか、侍従の性分が身に沁みついたのかわからないが、衣食住についてサイゼルに尋ねた。


 サイゼルが石畳を歩きながら、頭に巻いた布を解いていく。

白い髪は、すぐに素性が割れてしまうので飾り布でずっと隠していた。

サイゼルはがりがりと頭を掻くと、伸びをした。手を伸ばしたまま、地面に転がりこむ。


「……あ〜、疲れた。な、疲れたろサイヤ」


そういうと、草の上に仰向けになってあくびをしている。


「サイゼル様…あの、私は何をすれば」


「しばらく仕事は忘れてもいい。部屋に入る魔法は覚えたか? あと、森の半分は絵だからな。壁があるぞ。川の水は飲める。右手にはハンモックがあるし、左手には竈門もある。部屋は泉の中だ」


「はぁ…では、お湯を沸かすのは泉の中ですればよろしいんですね?」


 サイヤは半ばやけくそだ。苛立ちすらあった。

サイゼルの発言の半分もわからない。でもここへ来る時、言う事を聞くように言われた。

そして、大学都市が別世界であるとも、魔法が溢れていることも聞いた。


理解は出来ない。

水と竈門があっても、やかんがなければどうやってお湯を沸かすんだ!

茶葉はまだ残りを持っているけど、綺麗な茶器がないと意味がないじゃないか!

食事はどうするんだ。料理は部屋の中で作れってことなのか?

いやもう、何がなんだかわからなくなってきた。

 混乱している。

だが、何処かに行けるわけでもない。

一人で行動したら何処に行ってしまうか自分で見当がつかない。迷子になっても百年見つからないと言われたが、それはあながち嘘ではないと、そのことだけはここに来るまでではっきりとわかった。

これほどまでにあり得ない事が続いているのだ。もっとあり得ない事が、想像を遥かに凌ぐ事があるはずだ。



「おれが最初にここへ来た時と、マコトがこの世界へ来た時は、同じような心持ちだっただろう」


そう、寝転んだサイゼルはいつもより優しげな声で言った。


「その気分を、いまお前も味わっているんだろうな」


マコト様の心持ち、そう言われてサイヤは少し、心臓の音が落ち着いたような気がした。

 そうだ、マコト様は魔法のない世界からいらしたのだ。

歴代の転移者様は、そうだったのだ。




「だがおれは、嬉しくてたまらなかったな。この部屋はお気に入りなんだ。サイヤ、しばらくは一人で行動するなよ。ここの中ならまず大丈夫だが、外は難しい。大学都市には、大学都市の歩き方がある」


 サイゼルのそばを、小さな蝶が懸命に羽を動かして飛んでいる。

天井からの光は木陰を作り、川の水はきらきらと反射し、どこからか鳥の声がする。

サイヤの悩みをよそに、そこはあまりに美しい、絵本の世界だった。



「…ここは、楽園ですね」


サイヤの肩の力が抜けて、そう独り言のように呟いた。

白い髪の王子は、満足そうに口元を緩めた。




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