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第四十五話 おいでませ大学都市《アル・ジャウザ》Ⅱ



 サイヤは、大学都市というのはもっと都会的で、国際色豊かで、あらゆる宮廷が立ち並ぶような、そんな場所を想定していた。

どの国にも属さない、魔法学の最高峰。

そこはどれだけ素晴らしい場所なのだろう。きっと、ジアンイットの王都や王宮よりも、もっともっとすごいのだろう。初めて王都を訪れた時は感動したものだ。それならば大学都市は如何程のものか、あの時の高揚感を上回るのではないか。

つい先ほどまで、無邪気にそう思っていたのだ。なんならこの旅を少し楽しみにしていた。


 だが、街の中を進んでいくと赤土が剥き出しの部分もあれば、怪しげな露店もある。

裏道へ入れば、見た事のある下町のような雰囲気だ。

七つの塔を取り囲む街は、小さな建物が密集しているのだろう。

サイゼルがすいすいと進んで行くのに対して、サイヤは戸惑いを隠せない。


前に見物を兼ねて見に行ったジアンイットの大学の方が余程大きく、区画整備された王都の中心部にあって清廉としていた。そこの大学図書館の堂々たる事といったらなかった。

 

 サイヤは掏り(す)を警戒して、手荷物を前に回して袂をぎゅっと握り体を丸めた。

はっきり言って、治安が悪そうに見える。


「サイヤ、ここは外の世界じゃない」


その強張りを見透かしたかのようにサイゼルが声をかけた。

背中に目があるのだろうか。


「しかし、でん…いえ、若様」

「何でもいいぞ、ここでは」

「なら、サイゼル様」


ここへ来るまで、正体を隠すために敢えてサイゼルのことを「若様」と呼び変えていた。


「お前が警戒するのは頼もしい、けれどここでは、目に映るものが事実とは限らない」

「それはどういう」

「この道は細いが、本当は太い道かもしれない」


今歩いている裏路地は、土壁で仕切られた民家の間のようで、窓はなく人通りもない。

こんな場所が、本当は太い道、というサイゼルの言葉の意味がわからなかった。


「あそこで飲んだくれているように見える男は衛兵かもしれないし、魔法で作られた人形かもしれない」


前を向いたままのサイゼルは笑った。


「そのままの意味なんだ、サイヤ。全て魔法の仕業さ」


サイヤが首を傾げているうちに、少し広い通りに出た。

今度はその中の、土壁の民家の戸をくぐった。



民家に入った、とサイヤは思った。

入ったなら、民家の庭先か玄関先のはずだ。

ところが違う。全く違う。



 二人は、人がごった返している広い空間に出たのだ。様々な身なりをした人が行き交うその上を、紙鳥が飛び交っている。神霊院の聖堂のように、高天井の広間だ。いや、首が痛くなるほど上を見上げても先が見えない。どれだけ高い吹き抜けなのだろうか。

 積み上げた本や巻物を運ぶ者、手に持てるだけのガラス瓶を持った者、小脇に荷物を抱えて右往左往している者。ひたすらに速足で歩く者も、人混みを縫って上手に進んでいく者もいる。何人かは良い身なりをしていたし、何人かは風呂に入ってないような風体だった。

 とにかくたくさん、人らしい姿形が行き交っている広間だ。真ん中の方には、木の根を模したカウンターのような場所があった。

サイヤは驚く間もなく、褐色の王子に導かれて進んで行く。



「サイゼル・アンバー・マゼント」


人混みを分け、カウンターまで辿り着くとサイゼルがそう名乗って指輪を見せた。

大学(アル・)都市(ジャウザ)へ入る時、大きな門でも同じことをしていた。たったそれだけだ。


カウンターの奥には、白い服を着た細長い人がいる。細長い帽子にマスクで顔が隠されているからよくわからない。おそらく人、だと思う。

見たままが全てではないと言われたので、サイヤは何から何まで疑っていた。


「おかえりなさいませ、サイゼル教授。お部屋は前の所が空いております」

「ああ、では頼む」

「行き方も同じです。どうぞごゆっくり」



たったそれだけの会話をすると、サイゼルはまた歩いていく。

門の外から、どれだけ歩いたのだろう。

何がどうなっているのか、まるでわからない。


 サイゼルが鉄格子を開いて小部屋の中に入った。サイヤも、親鳥とはぐれないよう、掴んだ腰帯に引っ張られるようにして入る。


「これは魔法の昇降機。外の世界にはない」


サイゼルはそう言いながら、扉の代わりなのだろう、蛇腹に折りたたまれた鉄格子を閉めた。

すると、不思議な浮遊感がした。格子越しの景色が変わっていく。

人だかりの広間から、滝、青空、港、様々な風景に、何度も切り替わっていく。

サイヤは目を白黒させた。おまけに酔いそうだ。


なんでここにいるんだろう。なんという所に来てしまったのだろう。

サイヤのぐるぐるとした頭の中に、ほんの少し後悔という文字が浮かんだ。



 そして緑溢れる森の景色を最後に、赤土の壁に変わった。

鉄格子を開け、サイゼルが降りてまた進んでいく。

ただの赤茶けた岩壁丸出しの回廊は、飾り気も何もない。窓も無いが燭台やランプも無い。なのに何故か明るく、ちゃんと歩ける。

そして一枚の白いドアが見えると、サイゼルはそのドアに手をかざした。


「イツァム・コカジュ・バフラム。ヤクス・ワヤーブ・チャウク」


魔法を使うとき、他者にはっきりと聞き取れるように呪文を唱えるのは稀だ。

驚いて見ていると、白い扉に薄っすら、金の円が浮かんで消えた。


サイゼルはフードを脱いだ。そしてサイヤへ笑いかける。


「よくやった。ここまでよく着いてきた。サイヤ、ここは世界で一番安全な場所だ」


サイゼルはそう言ってドアノブに手をかける。サイヤは呼吸も忘れて、その扉の向こうに何が待っているのか、目を見開いていた。






2024・07・08 誤字脱字 加筆修正

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