第四十三話 浅葱色した元帥号
オグライゼンの攻撃は多彩で、次から次へと新しい一手が出てきた。けれど、魔法である以上何か絡繰りがあるものだ。そうしてリオネルは、土魔法が発動される時の一挙手一投足をつぶさに観察していた。その隙を、部下が作ったともいえる。
魔法が多彩であろうとも、何度も見れば男がどのように魔法を発動しているかわかる。
武器は見えずとも、必ず、地面に身体が触れていたのだ。
地面、つまり土に直接魔法を流し込んでいた。その証拠に、転がって露わになった靴裏に円形の光が見えた。魔法陣だ。
それ以外は腹のベルトか衣服にでも描いてあるのだろう。
それなら地面から離してしまえば魔法は使えない。
リオネルは歴戦の猛者ではないが、それに匹敵する訓練を受けてきた。さらにいえば、土魔法なら見慣れている。
「ホセ・オグライゼン、土魔法が土木工事と農業にしか使われないと、本当にそれを鵜呑みにしていたのか?」
水色の瞳が、侮蔑の色を宿して男を見下ろした。
「な、何だと」
「この国の英雄は誰か、さすがに知っているよな」
「……近衛の、大男…元帥とかいう」
ふっとリオネルは笑った。その大男はリオネルが幼少の頃からの付き合いである。剣術や魔法での戦闘を、王族は誰に習うのか。
それは常に王族の側に仕え、命を預けるに相応しい者、王族の守りを固める近衛騎士に他ならない。近衛騎士が剣術の指南役になるのはどこの国でも一般的だ。珍しいことではない。
付き合いの長さからいえば、血のつながらない家族、トマにも近いものがある。
そして近衛騎士たるもの、その元帥の洗礼を受けていないはずもない。
この場にいる誰もが、一度は元帥と手合わせをしている。土魔法が、他属性とどういう相性で結ばれているか、彼らは皆知っていたのだ。
消耗戦ならそれなりに、魔力量を抑えていた。その間にリオネルが情報を引き出す。
生け捕りは無理そうだと、途中で予備の作戦に移ったのだ。
それでもリオネルは警戒されていたようで、あまり聞き出せなかったが、マコトが絡むと口が滑ったらしい。
「ジャン」
リオネルが近衛の名を呼んだ。そしてレイピアを鞘に納めた。金の髪を掌で撫でつけ、大公は男に背を向ける。
ジャンは大公に呼ばれた意味を理解していた。両手で握られたジャンの刀が、煌々と輝き出す。それは熱を溜める、特別な一振りだった。
「我らが元帥、ホルスト元帥は、土魔法の使い手です。四年に一度開かれる、世界魔法武術大会で、大陸一となられた。だから元帥なのですよ。近衛“連隊長”なのに“元帥”というのは、その時の名誉を称え、国王陛下から贈られた称号なのです」
男の返事を待つまでもなく、ジャンは駆け出し、大きく振り被った。
剣が燃える。そのまま真下に、オグライゼンに向かって振り下ろした。
一瞬にして焼ける、その業火は通常よりも遥かに勝っていた。剣から噴き出す火は赤から臙脂へ、そして最後に青白く光った。
―――なんだろう、この光は。
一瞬、ジャンの瞳が炎に呑まれるように揺れた。
その光景に惚けていたのはジャンだけではない。だがそれは一瞬の事だった。カークとマハーシャラが、慌てて辺りを水魔法で濡らしたのである。
火魔法は極めて強力だが、その扱いは難しい。周りへ飛び火することを恐れたのである。
川辺にあっても、辺りの木々に燃え移らないとも限らない。
しばらくして水蒸気の白い靄が取り払われると、そこには黒い焦げ跡があった。人の形をした焦げ跡と、そこから放射状に延びる、黒い線のような焦げ跡。
リオネルの命令によって、ジャンはオグライゼンと、彼の忌まわしい魔法そのものをこの世から消し去ったのだ。
死の残り香は生々しい。
焼けた人間の匂いというのは、マコトにとって初めての経験だった。
弾かれるように我に返って、鼻を押さえてしゃがみこんだ。我が身を守るように、丸くその場に蹲る。
「…ジャン殿、火力が…」
「え、ええ。なんででしょう…」
ジャンの戸惑いを聞き流し、リオネルは背中を向けたままトマに尋ねた。
「僕の邸に入ったと」
「はい。『おれがいなければ』と言っていたので、きっとあの変わり身の魔法ではないかと。それから先代の遺物を盗んだのは上の指示。記憶封印の魔法陣にはガーシュインという男が関わっていると、このあたりでしょうか」
もう一つ、リオネルには引っかかっていることがある。
―――誰かの指示を受けるのか
―――そりゃそうだ。あんたも知ってるよ
知っている、とはどういう意味か。
リオネルが、オグライゼンの上、指示を出した人間を知っている。
顔見知り程度か、それ以上か。何を以て知っているというのだろう。
まだある。魔法で闘えない、無防備なマコトに、オグライゼンは攻撃しなかった。
これは憶測に過ぎないが、もしかしたらマコトに危害は加えられないのかもしれない。
そこまで考えて、頭がくらりと回った。
「しまった」
「殿下!」
リオネルがその場に尻もちをついた。
情けなく、下げた眉毛に巻き毛が垂れる。
「最後、ちょっといきなり使い過ぎた」
大公のため息は風に乗って消えていく。この小さな変事が、過去への決着と未来への接ぎ木になるように。蒼穹の空を見上げた。
2024/03/29
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