暁に染まる城~不穏な街2~
彼らが案内された部屋はりっぱな外見とは裏腹にカビ臭ささえ感じらるところだった。二人は食卓用のテーブルに座ったが、ルーギはあまりのカビ臭さに思わず鼻を押さえる。コートを脱がず、帽子はかける所があったが、においがつくのを気にして、ひざの上に置く。フィオナは彼と違い、においなどをあまり気にしない。ルーギの行動を見つめつつ彼の隣に座り、右手に持った拳銃をくるくる回してた。
並んで座った二人を見て、ロナルドは二人の関係に多少の違和感を感じていた。渡り鳥が二人組であること自体珍しくない。しかしこの組み合わせは珍しい。拳銃を自在に操る14歳程度の少女と全身黒い服を着た20歳過ぎの青年。少女のほうは武器が耕具とはいえ三十人の大人たちをも押さえつける実力を持っている。しかし、素性・年齢など関係ない。ロナルドは力がどうしても必要だった。彼自身の目的のために・・・。
「すまない事をした。君たちは渡り鳥なんだそうだね?」
「そうよ。それにしてもこの騒ぎは何よ、なんかあったの?」
少量の怒りと好奇心を込めてフィオナは言った。その言葉にロナルドは下を向いて頭を抱えた。その顔はフィオナからよく見えなかったが、とても暗くなっていることは分かった。
「この街をどう思いますか?」
いきなりこのようなことを聞かれてフィオナは戸惑いを隠せない。ルーギは机に肘をつき、人差指でこめかみを押さえながら話を聞いていた。
「人気がほとんど感じられないわ。台風なんてもんじゃない、それこそ家が壊れてないだけで竜巻が通ったみたいに・・・それがどうしたの?」
「この街から10キロ離れた場所に・・・バナンの城があるんだ・・・吸血鬼『始祖』シュナン・ドル・バナン」
ロナルドの瞳は虚空を見つめていた。そして真剣な顔でフィオナを見つめた。
「シュナンはこの地方を支配している吸血鬼だ。その実力は『王祖』に匹敵するとさえいわれている。そして数々の『使徒』を生み出しここ一体を支配している」
「その吸血鬼がこの町に何かしたの?」
フィオナの目が輝き始める。その瞳には好奇心があふれ出ていた。
「何かしたって!そんなものではない!この街から子供、女たち…すべてを奪っていったんだぞ!」
その好奇心が目に見えたのだろう。今までにない怒りを込めてはなったロナルドの剣幕にフィオナは思わず押し黙ってしまった。
「この街がこうなってしまったのはあの忌まわしき吸血鬼のせい・・・いや、もういい、詳しく話す必要もないだろう。すぐに本題に入る。我々は『渡り鳥』達、その中でも戦闘能力に特化した者たちを集め、討伐隊を組織したいと考えている。いや、もう組織している。しかし、人数は多いほうがいい。さきほどの銃の腕、買おうと思う。私たちの討伐隊に加わってくれんか?報酬は弾む」
フィオナはそれを聞いて返答しようとした時、先にルーギが口を開いた。
「討伐する吸血鬼・・・始祖と言っていましたね。使徒は何人ですか?」
吸血鬼の始祖はその名の通り始まりの吸血鬼であり、使徒はその吸血鬼によって吸血鬼にされた人間である。使徒は始祖に忠誠を誓っているものがほとんどであり、つまり手下となる。もちろん、普通の人間では太刀打ちできないほどの戦闘能力を持っている。しかし、始祖にとって使徒を作ることはそれなりのリスクを伴うことにもなる。
「始祖は使徒を作ることによってその能力を受け渡します。もちろん、『数』という点で使徒が多いと問題がありますが、少ないと始祖自身の能力が高いということです」
「使徒は6人確認しています」
少ないですねとルーギが答えた。彼は両肘をテーブルにつき、顎を手に乗せ考え込んでいる。
しばしの沈黙が流れた。この緊張感耐えきれずフィオナがルーギの耳元にボソボソと話しかけた。
「何考えてるの?困ってるんだから助けてあげればいいじゃない、あんたらしくない」
「そんなに単純だと思っているようなら、あなたは落第点ですよ」
ボソッというルーギの余裕ある言葉に多少ムカッときたが、フィオナは同時にその言葉の意味を考えていた。しかし、彼女は困っている人間を無視できるような性格ではないため、この時すでに自分はこの依頼を受けることを決めていた。それに吸血鬼の始祖と戦うことができるのだ、彼女にとって断る理由はない。
問題はルーギのほうだ。
「今、その討伐隊は何人集まっているんですか?」
「4人、私を含め5人」
「あなたも参加するんですか?」
「こう見えて元軍人だ。足手まといにはならんさ」
「私たち含め6人・・・使徒と同じ人数・・・わかりました」
「それでは!」
「お断りします」
ルーギの意外な発言にロナルドは思わず「え?」と聞き返してしまう。それよりも驚いたのはフィオナだった。
「なんで断るの!?そんな理由ないじゃない!?」
「使徒を一対一で戦って、それも勝ってそのあと始祖と戦えって言うんですか?少々無茶があります」
「あんたがそれを・・・」
フィオナが言いかけたところでルーギは彼女の唇に二本の指を当てる。というより押さえつけた。
「ともかく私は断ります」
しばしの沈黙が流れる。ロナルド自身断られると思ってなかったようで、その瞳に驚きと焦り、そしてかすかな怒りが感じられた。
「・・・わかりました。それでは・・・」
「待って!」
話を切ろうとしたロナルドにフィオナが割って入る。
「私は受けるわ、断る理由がないもの。ルーギ、それでいいでしょ」
ルーギは顔をしかめながらボリボリと乱しながら髪をかく。
「あなたの自由にしてください。私はすることがあるので手伝えませんよ」
フィオナの顔に笑みが浮かぶ。そして、ロナルドの顔にも・・・。ルーギは席を立ち部屋を出ようとするとき、ポンとフィオナの肩に手を置き、耳元で小さくつぶやいた。
「気を付けてください。仕事だけではありません。全てにおいて・・・です」