紙片の三 (詩の仮置き場より)
靴の音が響く月夜道 どこまで歩いても、わたしにはなにもないと思う
深みを愛するものたち 浅瀬を愉しむものたち 深みに憧れながら浅瀬を彷徨うわたし
一流にはなれないと悟り、どころか三流を自認するほかないこの身の行方に目を凝らすばかり
短所ばかりが視界を覆う なにもかもがぼやけて霞む
だけど自嘲する時は、本当の欠点を言っちゃいけない 誰も否定できないからね
ため息をひとつ 諦めと慣れは似てる まぁ半分は同じものだ
ふと本にはさまれた枝折りを見つける ここはまだ旅の途中だ 今は儚き歴史の最中だ
人生を賭して、さてどの道で二流になるかと空を見上げる
どうにもならないと漠然と思う なにをしたいのか、本当になにをしたいのかわからないまま 必死に存在意義素を搔き集めていた
いろんなものを忘れながら 手にしたものたちを捨てきれないまま 雪が溶け、ふたたび旅路を結ぶように わたしは次の居場所を探している
行くべき場所などない 運命はいつも過去形だ 瞳に映すものは自分で決めていく
言い訳ばかりの人生 まわり道をしていこう 古い靴を脱ぎ捨てて
── 近視
どこから来たのか、私は美術館の入り口で佇んでいた。
細い画廊の中はところどころ絵を照らす照明だけが光源となっていて、数歩先の他人の顔もはっきり見えないほど暗い。ほとんど完成品が飾られておらず、薄闇のなかで美術科の学生が照らされない未完成品に手を加えている。客は疎らだが、ぽつりぽつりと断続的に入館してくる。
芸術に疎いせいか、どの絵にも惹きつけられることはなかった。長い廊下は一方通行で、時の流れのように遡ることは許されない。未完成の絵のほうがまだ興味を持った。完成品に未来はない。余韻が残るだけだ。出来の悪い完成品なんてどうしようもない。後味が悪いだけだ。
生きるとは、自分の未熟さと向き合うことだ。すべての目標は達成した時点で通過点へと変わる。その先へ歩むもよし別の分岐へ向かうもよし。後戻りだけが禁制のもとにおかれている。
そうか、だから私は見ていられないのだ。これまでつくってきた出来の悪い思い出たちを連想して勝手に目を逸らしていたわけだ。
身代わりにつくってきた物語さえも……だから
その日から、存在しない本の感想文を書き続けている。
── 未完成ギャラリー
白殺しの山際 たなびく薄明 冷たく満たす下弦の月
黒い外気にふれ どうしようもない現を愁う
抑揚のない眠り 一切の感情を知らない涙 が染みる枕に目を醒ます
うちひしがれた鴉の嘴 をそっと撫でる指先の皮は薄くめくれていた
地上に咲き誇る影 まだらな口約束の名残 どじを踏み生成した生傷
部屋においた植物たちに 風前の灯火のような小さな愛を注ぎつづけている
陽の光を浴びて輝く白緑の葉からのびる花
寝ころび、身じろぎひとつしない肉体を静かに揺らす鼓動を感じながら
いつまでも終わりを待ちつづける
── 休日の微睡み