保健室登校の彼女と保健委員の僕
僕の下駄箱には毎朝、手紙が入っている。
「ーーーー市立東中学校」と書かれた看板の前を通って、学校の昇降口へ入る。六列ある黒い木の棚の、一番右にある、上から四番目、左端の「19番」の僕の下駄箱には、毎朝、手紙が入っている。
「昨日はね、関数っていうのを勉強した。」
こじんまりとした綺麗な字で、薄い筆圧のそれは、彼女からの手紙である。俗に言うラブレターではない。決して。でも確かに、誰かに見られてしまったら、どう対処しよう。
彼女は不登校だった。というより、保健室登校だった。
二年生に上がって、僕は最初の一週間を盲腸で欠席した。新しいクラスの集合写真には、左上に僕一人の写真が後から合成された。図書委員になりたかったのに、先に取られてしまって、残った保健委員に、半ば押しつけられる形でなった。一年生の頃から保健室登校だったらしい彼女は、最初の一週間だけ登校して、そのまま保健室に戻った。クラス写真には顔があるのだが、前にでかでかと座る副担任の体育教師のせいではっきり分からなかった。
僕らだけ、一度も顔を合わせることなく五月に入った。クラスにも溶け込めて、それなりに過ごしていた僕はある朝、保健室の先生から手紙を渡されたのだ。
「保健委員のあなたにお願いがあります。
高野さんの文通相手になってほしい。」
よくよく考えれば無茶な話だ。僕が誰かにこのことを話したら、先生はどうするつもりだったのだろう。
けれど、最初の手紙からこの十八通目の手紙まで、どれも他愛ないものである。「高野小春です。今日からよろしくお願いしますーーそうなんですね、へぇ、知りませんでしたーー体育はバスケですかぁ、やりたいなぁ、チームスポーツ笑ーーねえ、もっと馴れ馴れしく喋ってもいいですかーーそんなんじゃモテないよ?笑ーーかんすうっていう響き、なんか強そうだよねーー」、手紙だから、気まずくもならずにすぐ話せるようになった気がする。
教室に入る。ちらりと彼女の席に目をやる。もちろん姿はない。カバンを机の横にかけて、彼女の手紙をもう一度見直す。
でも、なんで僕が選ばれたんだろうーー。もうそろそろ聞いてもいいかな。どうせ、大人しそうとかそんなところだろうけど。
チャイムが鳴った。