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夏の終わりに

作者: 桃瀬ゆえ

 ブレる様な視界。長く長く伸びる雲。緩やかに、赤を交えた黒へのグラデーション。教室からそんな空を見上げて、思う。「夏が終わるねぇ。」思わず口を開こうとした私を遮ったのは、向かいに座る友人の声だった。


 けれど、遮られたことに不満はまったくない。彼女が窓の外へ投げた視線も。頬杖ついて溜息の様に出た心情も。別段眩しくはないのに細めた目に、ほんの少し淋しさが混じっていたことも。私が口を開いていたところで、ほとんど同じ様なものだっただろうから。


 夏から秋へ。暑さから涼しさへの変化が、四季の中でも顕著なせいだろうか。夏の終わりは微妙な感銘を受ける。また来年には夏が当然の様に来るのだろう。今年と同じ様で、また違う、夏。そうしてまた(やり残したことは無かっただろうか?)なんて言い様の無い淋しさを感じるのだ。多分。


「なぁなぁなぁ!夏のやり残し、やらねぇ?今日の放課後。」


 隣の席の男子が、あまりに丁度良過ぎるタイミングで私と彼女とに声をかけた。間の割り方がどこか空気を払拭する様な必死さを持っていたから、彼も私たちと同じことを思っていて、そうしてそんなしみじみした空気を変えたかったのかもしれない。


「なーによ、やり残しって。花火?」

「ちっげぇよ。肝試し!」


 彼女も彼の気遣いを察したのか、先程の空気とは打って変わって、茶化すように受けて返す。そんな彼女にキシシと悪戯っ子の笑みで、彼。


「……絶対ヤダ。」


「なんだよー。ノリ悪いなー!そこはノっとくだろ男として!」

「いや私ら女子だし。でも確かにコイツの言う通り、今年そんなのやらなかったじゃない?行こうよ、私もついてってあげるから。」

「お前なー。そっこー『ヤダ』とか言っちまう奴に限って、放課後に『教室に忘れ物したー!』とかって展開になって、でもって恐怖体験とかすんだよ。」

「アンタそれはベタ過ぎるでしょ…。」


 心底嫌そうに顔を顰めて私が返せば、途端にブーイングの嵐だ。その後はやれ近所の墓地がヤバイだの、放課後の学校のどこそこで出るだの。しみじみした空気は何処かへ吹き飛んで、もういつもの教室風景だった。

 そう考えると憂鬱だった気分も、会話の着火剤になって結果的には良かったのかもしれないな、なんて私は笑う。肝試しの話は、私が粘りに粘って全力で有耶無耶にさせていただいた。最後まで彼と彼女は口を尖らせてブーブー言っていたけれど。






「いつの間にそんなに仲良くなったのよ、二人ともさ。」

 もっとも喧嘩するほど仲がいい、な体だとは前々から思っていた。帰り道。彼女と別れて一人になった私の声は、単なる独り言にしかならなかった。



 いや、もしかしたら誰か聞いていたかもしれないけれど。足が、動かない。この足を引き止めている誰かが聞いていたかも、知れない。この足を握り留めているナニカに意識があったの、なら。

 見上げた空はグラデーション。青から藍へ、藍から紫へ、赤を含んで黒。黒。擦り伸ばした様な長い長い雲は、まるで視界がブレている様な錯覚を与えてくれる。ブレた、様な。ブレた。ブレた黒い影が視界を遮った。長い、五本指。




 ブレる視界。長く長く伸びる雲。緩やかに、赤を交えた黒への鮮やかなグラデーション。





「ああ。夏が、終わる。」



 

短編は、基本『名前無し』『身体特徴表現無し』で書かせていただいております。

読み手様の中では、一体どんな人物が映っているのでしょうか?

どうぞ想像力で遊んで下さいませ。

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