5歳熱、再び
ごきげんよう、アニス・ノア・アイスター 5歳です。
今、わたしはシュタイナー伯爵の邸、つまりエドワルド団長の実家に来ている。
お茶会に招待されたわけでもない、個人的な外出は初めてだ。
実はエドワルド団長に、姪が5歳熱に罹って苦しんでいる、皇女様のお姿を見ると、この世の終わりのような顔をしている兄や、苦しんでいる姪を思い出して...という話を聞いたのだ。
わたしを見ては、うるうるしている団長は大変良かった。いやいや、苦しんでいる人がいるのに喜んでいてはいけない。
シュタイナー伯爵は7人の子供がいるそうだ。これは、わりと珍しい。女性は複数の夫を持つことが普通だし、となれば、1人の夫との間にできる子供は自然、少なくなる。
この世界では、わたしの前世より妊娠期間が短い。初産は1人だけ産むのが普通だが2回目以降となると双子が生まれる確率が高くなる。なんなら三つ子だって珍しくない。
生まれる子供も前世より、だいぶ小さいようだ。小さく産んで大きく育てる、てか?
妊娠、出産の苦しみも、わたしが前世から想像するよりも楽で、女性の数が少ないから、いいんじゃない?世の中ってうまくできてるよなぁ、なんて思ったが、神殿の説によると女神さまが女性の数を減らしたために妊娠期間を短くして多産するようにして調整されたのだろう、ということだ。それより前は、もっと妊娠期間も長く、生まれる子供も大きかったとか。
スゲーな神...。なんでもアリだな。
シュタイナー伯爵の妻は珍しいことに夫が伯爵唯一人だそうだ。
最初に長男、次に次男と三男、3回目に四男と五男、4回目、六男、5回目、長女
...妊娠期間短くても頑張ったな、伯爵の妻、ミリアーナさん。
やっと生まれた待望の女の子、それが5歳熱で儚くなりそうなのだ。心痛、いかばかりか。
そこで思い出したのが、自分の5歳熱のときのこと。
喉が渇いて仕方なかった。
元気になってきたときにエイダンに「叩き起こしてでも、もっと水分をとらせてよ、水分取らなきゃ下がるものも下がらないわ」と文句を言ったことがある。あ、下がるものって熱のことね。
5歳熱の特徴は高い熱、これだけだ。
何故、5歳なのか。罹らずに済ませることはできないのか。などと思うが、わたしは医者でも薬師でもないからわからない。神様が関わっていたりしたら人間にはどうにもできないしな。前世にも突発性発疹とかいうのがあったし、今はそんなものだ、と思っておこう。
で、文句を言うわたしにエイダンは、きょとんとして言ったのだ。
「え?なぜです?苦しんで寝ている皇女様を叩き起こすなんてできません」
「脱水症を起こすでしょ?」
「脱水症?体から水が出るわけないでしょう?他では知りませんが、少なくとも5歳熱では聞いたことありません。そんなことにはならないですよ」
いやいや、体から水がぶしゃぁっ!て、出るかいっ!わたしも聞いたことないわっ!
その後も、エイダンと微妙に噛み合わない問答をして得た情報からすると、この世界では病気もケガも薬師に頼るしかない、それと自己治癒力。
脱水症状とか、人間、水がなければすぐ死ぬ、とか、逆に水さえあれば結構生きる、なんてことが一般常識としてない。出血多量で死ぬ、というのは常識としてあるのに何故だ。
せっかく魔力のある世界に生まれたのにケガや病気をみるみる治す、みたいな魔法はないのか、と思ったけど、ないわな。あったら5歳熱で子供死なないよ。
なんてことをベッドの中で思ってた。
少し魔力の話をすると、この世界には魔力というものがある。比較的、貴族に多いが平民でも魔力を持つものは別に珍しくない。
ただ、前世のファンタジー世界にあるような派手な攻撃や、人を癒す魔法などはない。この世界で魔力と言えば、コップ一杯に水を出す、とか、コップの水を熱湯にしたり、キンキンに冷やしたり、という、あれば便利、というささやかなものだ。
非常に残念だ。火柱とかあげてみたかった...。
で、エドワルド団長の姪御さんはリリーちゃん、というのだが、リリーちゃんが苦しんでると聞いて、わたしと同じ脱水症状起こしてんじゃない?と思ったわたしは、それをエドワルド団長に伝えてムリにでも水分を取らせるように進言した。
ところが眠り続けていて水分を取らせるのが難しいらしい。
それなら水属性を持つ人が魔力でリリーちゃんに水分を補給させればいい、と思ったのだが、それをできる人がいない、水属性を持つ使用人はいたらしいが、やったことがないし、そんな怖いことできない、と言うのだ。
そこで、わたしの出番だ。言い出しっぺだし、脱水症状を理解していて、水属性を持つ。ちなみに火属性も持つ。
もし、失敗、というか回復につながらなくても皇女に文句を言える者など、この国にはいない、というのはエイダンの言葉だ。
思っていても言うなよ。
そんなエイダンを実験台にして点滴をイメージして、エイダンに水分を入れる。点滴のイメージが良かったのか簡単にできた。
その後、エイダンはトイレに駆け込むことになったが結果は上出来。水分を取れてる証拠だ。
あ、それなら自分で自分に水入れればいいじゃん、と思ったか?
そんなこと、当時は思いつきもしなかったし熱とだるさで魔力のコントロールなんて無理よ。せいぜい、寝ている自分の顔に水がかかる程度かね。そんな「うへぇ」な状態にはなりたくないし、ほとんど摂取できない、意味ないわ。
話は現在に戻るが、リリーちゃんは真っ赤な顔をして、ぐったりとベッドに寝ていた。
まぁまぁ可愛い子だ。ということは、この世界では微妙に可愛くない子、ということか。
「早速、始めても?」
一応、シュタイナー伯爵に確認をとる。
「お願いいたします。やれることがあるなら、何でもやってあげたいのです」
これでダメだったらどうしよう、と今更なことを考えてしまうが、水分を取らせることは必要なのだ、やってみると決心したのだ。
わたしはベッドに乗り(体が小さいので、乗らないと届かなかった)、リリーちゃんの両肘の内側に手の平をあてた。
そっと水分を送り込む。
本当なら生理食塩水を送り込みたいところだが、できないことが残念だ。エイダンのときは、すぐに反発する力を感じたのだが、それがない。だが、送り続けていると、その感じが伝わってきた。
わたしは、そっと手を離した。
すぐ背後で心配そうに見ていたシュタイナー伯爵が胸の前で手を組んで言った。
「あぁ、ありがとうございます。顔の赤みが少なくなったようです」
「水分は、きちんと送り込めました。もし目を覚ましたら薄い塩水を飲ませてあげてください」
「塩水、ですか?」
「ちょっとしょっぱい、と思う程度でかまいません。汗で水分だけでなく塩分も体から抜けているのです」
「塩分...ですか」
「そんなもの美味しくないと思うのですけど...」
と言ったのは、お母様のミリアーナさん。この世界の女性らしい言葉だ。
2人とも全然納得できてないようだが、まぁいい。
リリーちゃんの顔色が気のせいでなく、良くなっているため、わたしの言うことを聞いてくれるようだ。
翌日、エドワルド団長が報告にきてくれた。
わたしが帰った後、すぐにリリーちゃんは目を覚まして、わたしが言った薄い塩水を飲んだそうだ。
一晩たって、薬師に山は越えた、と言われたそうでシュタイナー伯爵の使いの者がエドワルド団長に報告にきたらしい。
回復早いな、やっぱ脱水症状だったんじゃない?
これは、早急に脱水症の知識を広めなければ。
皇宮薬師に相談だ。